有朋自遠方来 時の旅人(ときのたびびと)
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みなさん今日は、私は「ゆきやん」と申します。
大和高原の小さな村に住み、高原の田畑と森を手入れする日々を送っています。
森の木を最適な状況に管理し、間伐した枝を持ち帰り、薪(まき)と柴(しば)で風呂を焚きます。最近、「柴(しば)」と言っても若い人たちに伝わらなくなりました。ゴルフ場の芝ではなく、燃料にする「たき木」のことです。
江戸時代の農民出身学者・新井白石のように柴を折り、燃料として利用する日々を過ごしています。海外から石炭や石油、天然ガスを輸入したり、原子力に頼らねば日々の生活が成り立たない現代社会にあって、江戸時代やはるか昔の縄文時代のような自然に近い生活を送っています。
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036 2024/09/07
◎ 入院その後 2024.3.7
◎ 入院その後 2024.3.7
2月21日、二回目の入院をして2本のカテーテルを追加してもらったところまで前回、お話ししました。
2月24日退院したのですが、血液をサラサラにして血管の詰まりをなくす薬がどうも強すぎたみたいです。3月7日には、自宅で鼻血が止まらなくなりました。
夜、7時・8時になってもとまらないので、妻は度々
「病院へ行こう。夜間診療窓口に電話するから。」
と、声をかけてくれました。
しかし、
「血を固める薬を耳鼻科でもらっているから大丈夫。」
と、返事していました。
けれども夜、11時頃になっても鼻血が止まりそうにないので、遂に妻や母の言うことを聞いて病院の夜間診療に行くことに同意しました。
妻の運転する車で約40分。鼻血を抑えながら助手席に座ることになりました。
病院の夜間診療にたどり着いて待合室で順番を待っている時、額に汗が浮かんできて、苦しくなってきました。その様子を見て、妻は、診察室の医者にそのことを告げに行ったようです。
私は、ただ周りの様子など分からずに、急に気持ちよくなった気がして寝込んだように感じました。気がつくと台の上に寝かされ、誰かが
「○○さん。○○さん。」
と、私の名前を呼んでいるではありませんか。
『起こさないでよ。』
と、心の中で思いながら、うす目を開けて様子を見ると右腕に生理食塩水らしき点滴。左腕にこれまた大きな袋の黄色いトランサミン(トラネキサム酸)水溶液らしき点滴が差し込まれているではありませんか。こんなに多量の薬を点滴で体に入れるのかと、半分寝ぼけ眼ながら感じていました。鼻血がまだ出ていた様子で、鼻を強く押さえるように言われました。
どうやら40分間車の中で鼻血を押さえていた間に、鼻血が胃袋に流れていたようです。待合室のベンチに大量のドロドロの血ヘドを吐いて倒れたらしいのです。・・・・・私はただ、気持ちよくなって眠ったと思っていたのですが・・・・・。
同行していた母も、医者を診察室の中に呼びに行った妻も、ベンチに倒れ、大量の血ヘドを吐いている私を見て、
『主人は死んだ。』
と、思ったそうです。
天国に行くということは、こんなに気持ちのいいものなのか。61歳で結婚した妻とは、わずか4年足らずの付き合いだったなと短い時間の間に考えたり・・・・・。
点滴が終了した後、耳鼻科の先生に鼻血を止めてもらい、自分の着ていた服にベットリと付いた血ヘドに驚きながら、いのちを救われたことに感謝して3月8日朝、家に帰りつきました。
後日、循環器内科をを受診して、効き目の強い薬をより弱い薬に変更してもらいました。
半分、あの世を覗いたような体験でした。今も身体を動かしていることに感謝。助けてもらったことに感謝。
追伸、
前回、循環器内科を間違えて心療内科と、書いてしまいました。カテーテル治療に関係する科は、循環器内科でした。おかしいなと感じられた方もあったことと思います。ここに訂正しておきます。
とても気持ちのよい世界でした。・・・・・・・?!!
◎ 入院その後 2024.3.7
◎ 入院その後 2024.3.7
2月21日、二回目の入院をして2本のカテーテルを追加してもらったところまで前回、お話ししました。
2月24日退院したのですが、血液をサラサラにして血管の詰まりをなくす薬がどうも強すぎたみたいです。3月7日には、自宅で鼻血が止まらなくなりました。
夜、7時・8時になってもとまらないので、妻は度々
「病院へ行こう。夜間診療窓口に電話するから。」
と、声をかけてくれました。
しかし、
「血を固める薬を耳鼻科でもらっているから大丈夫。」
と、返事していました。
けれども夜、11時頃になっても鼻血が止まりそうにないので、遂に妻や母の言うことを聞いて病院の夜間診療に行くことに同意しました。
妻の運転する車で約40分。鼻血を抑えながら助手席に座ることになりました。
病院の夜間診療にたどり着いて待合室で順番を待っている時、額に汗が浮かんできて、苦しくなってきました。その様子を見て、妻は、診察室の医者にそのことを告げに行ったようです。
私は、ただ周りの様子など分からずに、急に気持ちよくなった気がして寝込んだように感じました。気がつくと台の上に寝かされ、誰かが
「○○さん。○○さん。」
と、私の名前を呼んでいるではありませんか。
『起こさないでよ。』
と、心の中で思いながら、うす目を開けて様子を見ると右腕に生理食塩水らしき点滴。左腕にこれまた大きな袋の黄色いトランサミン(トラネキサム酸)水溶液らしき点滴が差し込まれているではありませんか。こんなに多量の薬を点滴で体に入れるのかと、半分寝ぼけ眼ながら感じていました。鼻血がまだ出ていた様子で、鼻を強く押さえるように言われました。
どうやら40分間車の中で鼻血を押さえていた間に、鼻血が胃袋に流れていたようです。待合室のベンチに大量のドロドロの血ヘドを吐いて倒れたらしいのです。・・・・・私はただ、気持ちよくなって眠ったと思っていたのですが・・・・・。
同行していた母も、医者を診察室の中に呼びに行った妻も、ベンチに倒れ、大量の血ヘドを吐いている私を見て、
『主人は死んだ。』
と、思ったそうです。
天国に行くということは、こんなに気持ちのいいものなのか。61歳で結婚した妻とは、わずか4年足らずの付き合いだったなと短い時間の間に考えたり・・・・・。
点滴が終了した後、耳鼻科の先生に鼻血を止めてもらい、自分の着ていた服にベットリと付いた血ヘドに驚きながら、いのちを救われたことに感謝して3月8日朝、家に帰りつきました。
後日、循環器内科をを受診して、効き目の強い薬をより弱い薬に変更してもらいました。
半分、あの世を覗いたような体験でした。今も身体を動かしていることに感謝。助けてもらったことに感謝。
追伸、
前回、循環器内科を間違えて心療内科と、書いてしまいました。カテーテル治療に関係する科は、循環器内科でした。おかしいなと感じられた方もあったことと思います。ここに訂正しておきます。
とても気持ちのよい世界でした。・・・・・・・?!!