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人生は旅。 
知らない街を歩いてみたい 
知らない海をながめていたい 
どこか遠くへ行きたい 
遠い街遠い海
夢はるか一人旅。

けれど、
遠くへ行かなくても旅はできます。

たとえば、
近所を散歩して知人に出会い
雑談するのも旅。
誰かに読んでもらいたくて、
こうやって文を綴るのも
私にとっては旅。

さて、どこまで放浪できるか ……







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 076  2023年 6月 6日

 「ふりむかないで」から始まる、
   ご当地ソングヒットパレードへ ようこそ 第1弾
                 〜東京 札幌 仙台〜
 



 1週間のご無沙汰でした。お口の恋人ロッテ提供「ロッテ歌のアルバム」(毎週日曜日1977年まで19年間続いたテレビ歌謡番組の草分け)のお時間がやってまいりました。
 本日は、「ご当地ソングヒットパレード」をお届けいたします。
 最初にお聴きいただきますのは、1972年にレコード発売、作詞 池田友彦 作曲 小林亜星 
 恋は遠い日の花火ではない、この歌詞、このメロディー、この歌を聞くと、あの青春の甘酸っぱい思いが、ふっとよみがえってきませんでしょうか?
 歌いますのはハニー・ナイツ「ふりむかないで
 
司会は玉置宏(たまおき ひろし)の弟子で、物置狭(ものおき せまし)がつとめます。
 

 
          1 泣いているのか笑っているのか
            うしろ姿のすてきなあなた
            ついてゆきたいあなたのあとを
            ふりむかないで東京の人



          2 ポプラ並木にちらつく雪が
            あなたの足をいそがせるのか
            しばれる道が気にかかるのか
            待って欲しいな札幌の人



          3 たなばた祭りの 一番町[いちばんちょう]で
            ふとゆきあって目と目があった
            ゆかた姿のすてきなあなた
            ささやきたいな仙台の人




1 東京

 東京タワーがオープンしたのは昭和33年(1958年12月)で、高さは333m(海抜351m)。まさに3が見事に並ぶ。ちなみに背番号3の長嶋茂雄が巨人からデビューしたのもこの年だ。

 映画「ALWAYS三丁目の夕日」では、完成前の東京タワーがCGで描かれ、物言わぬ見事な助演をつとめている。

 奈良の中学3年生だった私が東京タワーに初めて上ったのはこの12年後だった。どんな景色を見たのかはよく覚えていない。興奮状態で何も見えていなかったのだろうか、たしか雨模様だったような気がする。東京もこの日は雨だった
 
 両国国技館が完成し、初場所が行われたのは1985年の1月。大横綱「北の湖」はこの場所で2 日間土俵入りをして、あっけなく引退した。まだ31才だった。

 北の湖引退後は横綱「千代の富士」が相撲界の第一人者となり、この年国技館での初場所、夏場所、秋場所と国技館場所全制覇している。見事な世代交代だった。
 そんな北の湖も千代の富士もすでに他界している。



 この年の11月に全同教研究大会が東京で開催され、参加したことを覚えている。なんと全体会会場は両国国技館だった。あの広さ、奥行き、何もかもが新しい別世界の空間だった。それは今もはっきりと記憶している。

 全同教研究大会には3泊4日の研修で参加したのだが、学習した内容より、一緒に参加した仲間たちと毎晩居酒屋で飲み明かしたことが印象深い。当時は後楽園球場、今は東京ドームのある「水道橋」辺りで。いやあ、お恥ずかしい話だ。

 東京のご当地ソングというと有名な曲が多すぎて、1曲を選ぶのは難しい。沢田研二のズバリ「TOKIO」がいいかなと思ったが、ここはザ・ピーナッツ(伝説の双子デュオ ユニゾンの天才)の「東京の女」を聞いていただく。
 1970年第21回紅白歌合戦でピーナッツはこの曲を歌っている。作曲者の沢田研二は「僕もやっと紅白に出場出来ました」と喜んでいたらしい。彼はタイガースの頃には紅白に出られなかった。「男の長髪」歌手・タレント・俳優はNHKでは出禁の時代だった。

作詞:山上路夫  作曲:沢田研二  編曲:宮川泰
椎名林檎が2000年にカバーしている。




2 札幌

 札幌に行ったら大通り公園にあるテレビ塔の展望台から景色を一望してほしい。都会の人工建造物の周りを、ぐるりと北海道の荒々しい自然が囲んでいるという情景を目にすることができる。他の有名タワーでは絶対に見られないコントラストだ。
 上の展望台からの写真に目を凝らすと大通りのはるか西の向こうに、札幌オリンピック90メートル級ジャンプの舞台になった大倉山ジャンプ競技場も見える。札幌の中心部からこんな近くにあったのかと驚く距離感なのだ。

 札幌に来たらやっぱりラーメンを食べずにはいられない。さてどこへ行けばよいのか。そういう時は地元に人に尋ねるのが一番だ。これが旅の極意
 「札幌で一番お勧めのラーメン店はどこですか?」
地元の人からは「味の時計台」という答えが圧倒的に多かったので早速行ってみた。
 お昼時だったので満席だったが、「上が空いているのでどうぞ」と店員さんに言われて2階にも1階同様のテーブル席があったことに驚いた。
 メニューは沢山あったが、迷わず普通の醤油ラーメンにした。私は初めての店では醤油ラーメンと決めている。
 何という程よい麺の硬さ、ちぢれ加減、全部飲み干したくなるスープのコクと旨味。地元の人が絶賛するわけだ。本当に美味しかった。奈良のサッポロラーメンではこうはいかない。

 有名だけど、行ってみたらがっかりする全国観光地のベスト1の常連は「札幌の時計台
 札幌には観光地がいっぱいあるので決してお勧めしないが、がっかりして笑いたい人は話のネタに是非どうぞ。一度行ってみたら二度と行かないと思いますよ。さてその理由は、・・・
ここでは書かない(笑)

 ちなみに、北の湖も千代の富士も北海道出身だ。さらに私は千代の富士とは同学年になる。

 札幌のご当地ソングといえばもちろんこれ、石原裕次郎の「恋の町札幌」(1972年)
 裕次郎の歌声と雰囲気にぴったりだが、この曲の作詞作曲者の浜口庫之助の感性にもしびれてしまう。元々は歌手で紅白歌合戦にも出ていたハマクラさんが、ギターの弾き語りでこの曲を歌ったら、誰が聞いても、ハマってしまう、クラっとしてしまう。




3 仙台

 みなさんは仙台が「杜(もり)の都」と言われているのを知っていますか?今から約400年前の江戸時代、仙台藩祖(はんそ)伊達政宗(だてまさむね)公は家臣たちに、屋敷内には飢餓(きが)に備えて、栗・梅・柿などの実のなる木や竹を、また、隣(となり)との境に杉を植えるように奨めました。こうしてできた屋敷林(やしきりん)と、お寺や神社の林、そして広瀬川の河畔や青葉山の緑が一体となって仙台は、まち全体が緑に包まれていました。
 この「まち全体が緑に包まれる姿」は、明治42年には,「森の都」として仙台の観光案内書に記されています。また、昭和に入って間もない頃には、「杜の都」と表されるようになったと言われ、この姿は、昭和20年の仙台空襲(くうしゅう)前まで残っていました。「杜の都」の「杜」は、山などに自然に生えている樹木や草花だけではなく、そのまちに暮らす人々が協力し合い、長い年月をかけて育ててきた豊かな緑のことです。「杜の都」と表するところに、「神社や寺、屋敷のまわりを取り囲んでいる『緑』、人々がていねいに手入れをしてきた『緑』こそが仙台の宝」という市民の想いが込められています。
 仙台空襲で、まちの緑は焼けてなくなってしまいましたが、その後の復興(ふっこう)により「杜の都」は、青葉通や定禅寺通などの街路樹や、青葉山公園や西公園などの緑に代わっていくことになります。                    (以上、仙台市ホームページより抜粋)

 あの歌が流行った数年後、「2年B組仙八先生」(シブがき隊や三田寛子が生徒役、宮崎美子が先生役)の頃だったと思う。仙台の広瀬川に行ったことがあった。橋の上から暫く眺めてふと気が付いた。川の青さが違う、空の青さが違う。広瀬川ブルー仙台ブルーとしか形容のしようがない、今まで見たことのない青さだった。
 たしか8月だったと思うが、川面から吹いてくる風が爽やかそのものだった。
 この時「これが杜の都か」と改めて実感した。
 そこに行ってみて初めて感じることがある。知ることがある。私の旅行好きというか放浪癖はここから始まったのかもしれない。
 半日ぐらい広瀬川のほとりを歩いた。初めて来たのに、初めてのような気がしなかった。それはきっとあの名曲のおかげかもしれない。

 その名曲とはもちろん、さとう宗幸の「青葉城恋唄」(1978年)だ。仙台のご当地ソングはこれ以外考えられない。 作詞:星間船一  作曲:さとう宗幸  歌:さとう宗幸(紅白出場)

 いつだったか奈良でコンサートがあった時、さとう宗幸は観客にこんな話をしてくれた。
「1978年、確かに新人賞の資格は僕にあったのですが、もう29才なので賞レースには参加する気はありませんでした。でも周りのスタッフが、29才で新人賞だったら最年長記録になるので頑張りましょうと励ましてくれたので、僕もすっかりその気になって、おかげで青葉城恋歌がヒットしましたので、新人賞の最年長記録保持者になって凄く嬉しかったのです。もうこの記録は破られないと思っていました。
 ところが次の年、「おやじの海」を歌った村木賢吉さんがなんと47才で新人賞を受賞したので、僕は1年だけの記録保持者で終わってしまったのです。」





 ロッテ歌のアルバムは30分番組ですので、残念ながらもうお時間が来てしまいました。続きは次の機会に。
それではまた来週、ロッテで会いましょう。司会は物置狭(ものおき せまし)でした。



読者のみなさんからのレビュー(感想) 第75話
           5月13日はずっと雨だった〜大阪 西宮 芦屋〜



 どこへ行くんだろうと、頭の中で一緒に電車に乗車。
 クールファイブの歌が出てきて、永田貴子、女性と思いきや、たかしーかいな、笑ってしまいました。
 鶴橋、焼肉屋の匂い、空腹時たまらん。京セラドーム、うん、うん、どこ連れてってくれるねん、と読んで行ったら、なんと村田隆子さんのコンサートだったんですね。
 雨の1日でしたが、素晴らしい1日でしたし、私も空想の旅をお供させてもらいました。ありがとうございます。
 さらに山之辺三歩さんとの、偶然のご一緒の帰り道の色々なお話し。あー一緒に聞きたかった??
 是非次回、載せて下さい、待ってます。
 (コンサドーナさん 60才代女性)

【レビューのレビュー】
へえー、そういう読み方をしてくださっていたんですね、嬉しいですし勉強になりました。ありがとうございます。コンサドーナさんはとても個性的な文章を書かれますね。素晴らしいと思います。どうですか、ブログを始めませんか。

 村田隆子さん 今もご活躍しておられて嬉しいですね。なつかしい曲が聴けてよかったです。
 (カオリさん 70才代女性)

 鉄道マニアだったんですね。私もです。近鉄バファローズファンだったんですね。私は阪神ファンです。お気持ちお察し申し上げます。
 新旧同居が放浪楽人の持ち味ですが、私も知らなかった、「ゆきぽよ」や「ゆうちゃみ」といった若い娘を出してくるあたり、まさかのギャル好きかも。
 第75話はいつもとパターンが違っていて、なかなか展開が読めず、とても面白かったです。なぜか雨にこだわっていたのも、最後の一文のためですね。
 半年もお休みされていて、どうしたんだろうと心配していましたが、今後ニュー放浪楽人が見られそうな予感がします、とても楽しみです。
 (中年ジェットさん 60才代男性)

 素敵な1日をすごされましたね。私にはどの線も懐かしく、鶴橋 京橋 難波等は隣へ行くような感じで行っていた頃が懐かしいです。時の流れのはやさを改めて感じます。
前川清さんの歌も歌唱力抜群で何度聴いてもいいですね。最近の若い人の歌は私には馴染めなくて。
 野球もかつては巨人フアンの私は甲子園球場へはよく足を運び、熱烈な阪神フアンの多いなかで必死に声援を送った事など懐かしく思い出させて頂きました。最近はもっぱら孫のような大谷君を朝からBS放送で楽しんでいます。
 今回の放浪楽人75話は、自分の楽しい思い出に浸る事が出来ました。
 (ヤマトナデシコ 80才代女性)

【レビューのレビュー】
 ヤマトナデシコさんは、川の流れのように文章を綴られます。しかも美しく上品です。
 現代の清少納言だと思っております。いつもありがとうございます。

 前川清さんはクスッと笑える歌手でお話が好きです。5月13日私も久しぶりに京都廻りで高槻に行きました。高槻の駅を出て傘をさした記憶がよみがえりました。ありがとうございます。
 (ミエコさん 年齢不詳女性 レビュー初登場 その包容力・優しさ 一緒にいて安心できる人 信念の人)