有朋自遠方来 放浪楽人(さすらひのがくと)
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人生は旅。
知らない街を歩いてみたい
知らない海をながめていたい
どこか遠くへ行きたい
遠い街遠い海
夢はるか一人旅。
けれど、
遠くへ行かなくても旅はできます。
たとえば、
近所を散歩して知人に出会い
雑談するのも旅。
誰かに読んでもらいたくて、
こうやって文を綴るのも
私にとっては旅。
さて、どこまで放浪できるか ……

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歌謡曲と私F 歌声喫茶で歌ったあの歌 〜北国の春〜

「長い紅白歌合戦の歴史に素晴らしい金字塔を打ち立てました!3年連続同(おんな)じ歌!何ともしぶとい人です!これぞ東北人の持つ粘り強さ!千昌夫さん、北国の春!」
はたして、褒められているのか馬鹿にされているのか(笑)
それまでの紅白で、都はるみは「北の宿から」を北島三郎は「与作」を2年連続で歌っている。それだけロングヒットになったわけだが、その年を代表するヒット曲を歌うのが原則だった当時の紅白でそれでも2年連続は異例だった。それを「北国の春」は3年連続というのだから異例中の異例。山川静夫がこう紹介するのも無理はない。まさに超ロングヒット。累計売上げは300万枚といわれている。
その後の紅白でも千昌夫は、33回(1982年)40回(1989年)62回(2011年)の計6回「北国の春」を歌っている。


タイトルにもある「北国」がどこを指しているか、具体的な地名は歌詞には登場しないが、作詞者のいではく(遠藤実の元秘書)が後に、自分の故郷(長野県南牧村)がある信州の情景を描いたと語っている。一方作曲者の遠藤実は、この詞をもとに自分の故郷(少年時代を過ごした疎開先)の新潟県をイメージして作曲したという。


いではく 遠藤実
「北国の春」がヒットした1979年頃は、カラオケブームが始まった頃で、私もこの曲をよく歌った。遠藤実らしい日本人好みのシンプルなメロディーで、サビ(歌の盛り上がり)が始めと終わりにあり、歌っていて気持ちが良い歌である。


おそらくアジアで一番歌われている日本の歌なのであろう。作曲者の遠藤実は亡くなったが、幸い千昌夫は今も現役として元気に歌っているし、作詞者のいではくも健在だ。
歌は国境を越えるという。千昌夫といではくを親善大使として、アジアの国々で「北国の春〜アジアの架け橋コンサート〜」を開催したらどうだろう。いではくの歌詞と各国の言葉で翻訳された歌詞の共通点や相違点を確認したら面白いだろうし、コンサートに集まったみんながいろんな国の言葉で合唱するなんてとても楽しそうだ。民族楽器での演奏があればさらに盛り上がる。故郷を想う気持ちは世界共通だ、きっと大人気になるだろう。



さて、コロナウイルス騒ぎで何とも楽しくない憂鬱な今年の春。外に出られないのなら、自宅で「北国の春」を歌い聴きながら、故郷に、両親や兄弟姉妹に、初恋の人に思いを巡らせてみてはどうだろう。
では、千昌夫が歌う「北国の春」オリジナル盤、韓国のバイオリン奏者ジョ・アラムの演奏、藤圭子のカバー盤、3曲をお聴きください。


1 白樺(しらかば) 青空 南風 こぶし咲くあの丘 北国の
ああ 北国の春 季節が都会ではわからないだろうと
届いたおふくろの小さな包み あの故郷(ふるさと)へ帰ろかな 帰ろかな
2 雪どけ せせらぎ 丸木橋 落葉松(からまつ)の芽がふく 北国の
ああ 北国の春 好きだとおたがいに言いだせないまま
別れてもう五年あの娘(こ)はどうしてる あの故郷へ帰ろかな 帰ろかな
3 山吹(やまぶき) 朝霧 水車小屋 わらべ唄聞こえる 北国の
ああ 北国の春 兄貴も親父(おやじ)似で無口なふたりが
たまには酒でも飲んでるだろか あの故郷へ帰ろかな 帰ろかな