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 016  2022年 6月 21日


 100分で名著 ロジェ・カイヨワ「戦争論」から考える
           〜そもそも「戦争とは何なのか」〜


 2月にロシアのウクライナ侵攻が始まり、以降マスコミ・報道番組がこれ一色になった。
 あるワイドショーで、著名な弁護士Sさんがこんなことを言っていた。「21世紀になってこんな戦争が起こるなんて信じられない。」
 私はこの発言にある違和感を覚えた。
 今も昔も、戦争が起きる本質、戦争を起こす人間の本質なんて変わらない。それは古今東西同様だ。中国やギリシャは数千年も前から戦争を繰り返していた。21世紀どころか22世紀になっても戦争は無くならないだろう。
 ロシア・ウクライナに限らず今の世界の情勢を見ると、残念ながらそう思ってしまう。
 
 戦争を起こさないためには、歴史に学び、なぜ人は戦争をするのかを学ぶことが重要だ。
 そこで今回は、NHK Eテレで3年前に放送され、今年再放送された100分で名著ロジェ・カイヨワ「戦争論」から学んでいきたい。以下は番組の概要である。



 「人間にとって戦争とは何か?」という根源的な問いに対して、人類学の視点から答えを出そうとした一冊の本があります。「戦争論」。「ユネスコ国際平和文学賞」を受賞し、国際的に大きな反響を巻き起こしたこの著作は、フランスの高名な社会学者・人類学者ロジェ・カイヨワが(1913 - 1978)が「人類は戦争という現象とどう向き合うべきか」を世に問うた戦争論の名著です。

 「戦争論」が書かれた1950〜60年代は、米ソの冷戦が激化。第二次世界大戦の惨禍を味わった多くの人々が恒久平和を希求する一方で、国家間のエゴが対立しあい、軍備拡張や戦費の増大がとめどなく進んでいました。巨大な歴史の流れの中では、戦争を回避し平和を維持することは不可能なのかという絶望感も漂っていました。そんな中、戦争の歴史に新たな光をあて、これまでなぜ人類が戦争を避けることができなかったかを徹底的に分析したのが「戦争論」です。そこには、「なぜ戦争が国民全体を巻き込むような存在になったのか」「戦争と国家と産業はどのようにしてつながるようになったのか」といった多岐にわたる考察がなされており、単なる理想論を超えたカイヨワの深い洞察がうかがわれます。それは時代を超えた卓見であり、現代の状況すら予言的に言い当てています。

 哲学研究者西谷修さんは、民族間、宗教観の対立が激化し、テロや紛争が絶えない現代にこそ「戦争論」を読み直す価値があるといいます。そこには、「人間がなぜ戦争に惹きつけられてしまうのか」という、綺麗事ではない赤裸々な人間洞察があるからだと強調します。



 1 近代的戦争の誕生
 人類は戦争を避けることはできないのか? カイヨワはその根源的な課題に向き合うために歴史を遡る。近代的戦争の起源は、「貴族の戦争」から「国民の戦争」へと本質を変えた「ナポレオン戦争」にあった。それは、騎士階級や傭兵ではなく、自由のために自ら戦争に参加する「国民」に支えられた戦争。これにより従来王家の財政に制約されていた戦争手段の調達は人的、物的に国家財政の枠まで広げられる。その結果、政治の一手段にすぎなかった戦争を、原理的には国家の破綻に至るまで遂行することが可能になる。
     

 2 戦争の新たな次元「全体戦争」
 第一次世界大戦は、さらに戦争の様態を一変させる。それは国民の生活世界全体を巻き込む「総力戦」だ。そこでは、産業は挙げて軍需工場や兵站(へいたん 戦闘地帯から見て後方の軍の諸活動・機関・諸施設を総称したもの)基地と化し、日常の私的な活動は国家によって制約され、情報管理とイデオロギー統制によって人間の内面すらも体制に組み込まれ、戦線は空間となって社会全体に浸透する。この事態をカイヨワ「全体戦争」と呼んだ。これ以降、国家は戦争を前提として形成されることになる。
     

 3 内的体験としての戦争
 戦争を支えているのはシステムだけではない。カイヨワは人類学的な視点から「戦争に惹きつけられてしまう人間本性」にメスを入れる。兵士の一人ひとりが一個の砲弾や機械部品と同じように消費される戦争。しかしその状況を積極的に引き受けることで新たな人間の価値を見出そうとする思想が現れる。
 過酷な塹壕(ざんごう 戦争において敵の銃砲撃から身を守るために陣地の周りに掘る穴または溝である。)戦を戦い抜いたエルンスト・ユンガーは「人間自身が一種の武器となり一種の精密機械となって、壮大な秩序の支配する全体の中で決められた地位を占めること」を戦争は要求するという。その要求を受け入れるとき人間は自己を超えた真の偉大さを獲得し自らの運命に合致した自由を見出すというのだ。その「恍惚」や「陶酔」は、人間が古来惹かれ続けてきた「聖なるものの顕現(けんげん はっきりと姿を現すこと)」としての「祭り」の体験と酷似する

 4 戦争への傾きとストッパー
 コンピューター、人工衛星、そして核兵器の登場によって戦争が人間の知的能力をはるかに凌駕(りょうが)する事態を迎えた現代。戦争が歯止めのきかない自走システムと化す中、カイヨワは無力感に打ちひしがれながらもその僅かな可能性を「教育」に託す西谷修さんはカイヨワの課題を引き継ぎ、「諸国家の共存」や「人間の共同性の確保」を目指した新たな枠組みを考えなければならないという。それにはカイヨワが試みたような「戦争」や「国家」についての原理的・存在論的考察が欠かせない。その上で、人類を惹きつけてやまない戦争の本質や、人間の本能、思考の枠組みを冷徹に見極め、政治や権力に利用されない方法を模索しなければならない。

                         (以上 NHK100分で名著HPより抜粋)

 1近代的戦争の誕生2戦争の新たな次元「全体戦争」については、明治以降の日本の戦争史とぴったり重なるので、思わず「なるほど!」と唸ったのだが、3内的体験としての戦争については、正直言って背筋が寒くなった。要するに「人間は本来好戦的であり、それは祭りを楽しむ恍惚感に近い」とカイヨワは分析する。これは否定したいが、しかし思い当たる節もある。例えば、野球やサッカー、スポーツの祭典と言われるオリンピック等に熱狂する「勝った、負けた」のあの心理なのかもしれない。 
 人間が本来持っているかもしれない「内なる戦争」についてもっと自覚しないと、「戦争反対」なんて声高に叫べないのかなと考えさせられた。



月光仮面21応援団レビュー
  第15話 国や地方自治体の教育行政こそが真のブラックではないのか

 ブラック企業の会社、調べたらたくさんあるでしょうね。働きすぎて心が病んで自殺者も増える。残された家族は、たまったものじゃない。許せない! 
          M・Tさん

 私も報道特集、見ました。すごい労働実態、うすうす思っていましたが、想像以上でした。
          F・Yさん

 教育は何より大切な事なのに教員が大変すぎるのは以前から耳にしておりました。
 どうにかして現場の方の負担を減らさないといけませんね…
 月光仮面21さん、発信されて社会を動かして下さいね。 
          M・Tさん

 いつもありがとうございます。先生のしんどさは分かりました。私なんかは何もやらずにしんどいから辞めたるわと思ってしまう。でも辞めてしまうのは、勝手過ぎますね。
          F・Yさん

 この報道特集の番組は見ていました。我々の先生の時代と違いしんどい仕事です。
自分の責任を棚に上げ教師に文句を言うモンスターペアレント、イジメなど色々な問題が多々あります。
 又、上ばかり見て現場の教師の言う事に耳を貸さない管理職、本当に大変です。けど月光仮面さんが言うように本気で考えたら、いくらでも方法はありますよね。OBの方はたくさんおられます。
夫の知人の小学校の先生も自死されています。よほどの事があったのだと思います。
月光仮面さんのおっしゃる通りです。解説にはいつも感心させられます。
          F・Mさん

 教員のブラック化は、この国全体がブラック社会化を端的に示していることと思います。人をひととして扱わない国←行政のみならず企業など全ての組織 こうした悪しき社会を是正しないとブラック化した社会はさらなるブラックへと思います。貴重な問題提起、考えるべきテーマありがとうございます。 
          S・Wさん

 ブラック企業は親分の腹1つですね。コスト掛けないと良くならないと思います。
安いサービスが美徳とされた時代辺りからおかしいです。 
          K・Sさん