映画は観終えたあとから、もう一つの楽しみが始まる。
                             何故この作品がこれほどまでに私を楽しませてくれたのだろう? 
                             今度は私がホームズとなりポアロとなって謎解きの森に分け入る。

天麩羅一丁、という声に反応する先生
 


縄暖簾の間から店内を覗く 


奥に佇む川本松江 


最初の会話は暖簾越しに撮られる 


やっと話が出来ると思うと、丼、あがってるで、と松江は追いやられてしまう 


話の間にハエを叩く女将
なんと悲しいユーモアの描写  



女将が挨拶を促すが、松江は黙っている


手紙頂戴ね、と先生が言うが、松江は俯いたまま


それでも微笑んで見せる大石先生
こんな繊細な演技、高峰秀子以外の誰が出来るだろう 



先生が去った後、堪らず勝手口へ向かう松江 


小走りに表通りに向かう松江を、カメラは背後から捉える 


同級生らしき一群を見て、とっさに身を隠す松江 


先生、どこ行っとったん、と甘える生徒たち


それを路地の奥から眺める松江 







『将来への希望』という課題を出す先生しかし先生は松江のことに気をとられている 


急に泣き出す富士子(右) 



先生も一緒に泣いたげる

 

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なぜ「大石先生はただ泣くだけ」なのか?
−−『二十四の瞳』の小解析 その2  (平成28年1月22日)


 前回、木下惠介の映画作法は「あらゆるイデオロギー性から無縁である」と述べた。生来的・気質的に自然と非イデオロギー的になった、というのではない。実例で検証したように、意識的・自覚的に作品からイデオロギー性を排除しているのである、それも丹念に。
 引き続き今回は、第二の特質として「露骨な情緒表現をしないこと」を指摘しておきたい。彼はどの様な場面であれ、無闇に情感を煽り立てるような表現を嫌った。この点も実例で検証してみる。

【 木下作品第二の特質 −−− 露骨な情緒表現をしない 】

 「露骨な情緒表現をしない」と言うと、それは木下惠介の映画のイメージとは違うぞ、と反論する人が多いだろう。例えば、日本の最も優れた映画批評家である佐藤忠男は『二十四の瞳』についてこう書いている。
「日本映画史上、おそらくもっともたくさんの涙を観客の涙腺からしぼり取った作品の一つであり、戦争はもう嫌という気持を最も広くひきおこしたという意味で、戦後の日本の反戦映画の最大の作品である。」(佐藤忠男『日本映画300』)
 「もっともたくさんの涙を観客の涙腺からしぼり取った」のだから情緒纏綿たるお涙頂戴映画なのだ、と早とちりしてはいけない。佐藤忠男は難しい言葉使いをしない人である。日常使っている話し言葉でもって、誤解を恐れぬ〈言い切りの語り口〉で端的に表現してゆく。彼は見開き2ページの簡潔な『二十四の瞳』紹介文をこう締めくくっている。
「 …… 金比羅さま近くの食堂で、貧乏のため奉公に出された教え子とめぐり合う場面のあわれさ、など、快いセンチメンタリズムに徹して押しまくる充実した仕事ぶりであった。」(同上)
木下の演出は「快いセンチメンタリズム」だと佐藤は言い切る。つまり、ベトベトした感傷性ではない、のである。さっそくこの「金比羅さま近くの食堂」の場面を見てみよう。

「金比羅さま近くの食堂」の場面


 屋島・栗林公園・金比羅神宮と順調に見学を終えた修学旅行の一行は、船着き場で船を待っている。ところが大石先生は身体の具合が悪そうだ。風邪気味なのだろうか。同僚の先生が気を利かしてうどんでも食べに行こうと誘う。うどん屋には風邪薬が置いてあるだろう。あの店にしようと行きかけたところ、行きすぎた別の店から「天麩羅一丁」という声が聞こえる。大石先生がこの声に反応する。立ち止まり、声のした店の方へ戻る大石先生。縄暖簾の間から店内を覗くと、やはりそうだ、大阪へ奉公に出されたはずの川本松江がいる。
 このシーンの見事さはどうだろう。私なんぞは一瞬にして「嗚咽をこらえるモード」に陥ってしまう。
 修学旅行は楽しい。映画は子供たちの名所巡りを丹念に追いかけてゆく。天候も良い。しかし大石先生は少し浮かぬ顔。だって修学旅行までには様々な葛藤があった。生徒が全員そろって旅行に来ているわけではない。何とか旅行には来ているが、その代わりに上の学校への進学を断念させられた子供もいる。川本松江などは、母親と赤ん坊の死という度重なる不幸の末、再び学校へ来ることも無く島から姿を消した。大阪へ奉公に遣らされた、というのは他の生徒から聞いた話である。
 だから旅行の間も大石先生の心は晴れない。だが映画は、そんな先生の「悩める心」を描いたりはしない。先生にそのような台詞を語らせたりもしない。それどころか連絡船での唱歌の連なりのように、日常の困難性をすべて捨象したような爽快なシーンが続く。唯一、四国に入ってからの場面の折々に大石先生の体調が思わしくない風が挿入されて、先生が心から旅行を楽しんでいるわけではないことが暗示される。この、先生に取り憑いている「悩める心」をくどくどと表現することをせず、その代わり、風邪ひきのような「身体の不調」をさりげなく「代入」するのが木下演出の真骨頂である。その効果により、観客の心にはいつの間にか大石先生の心情が侵入し、この正体不明の「悩める心」を共有するようになっている。そのしばらく続いた「悩める心」の封印状態が、大石先生が「天麩羅一丁」という声に反応する瞬間にパチンと弾け、一気に「悩める心」の核心に向かうのである。
 縄暖簾の間から店内を覗きこむ先生。何を見たのか、浮かび上がる驚きの表情。先生は「まっちゃん!」と呼びかける。ここで始めてカメラは店の奥に佇む松江を映し出す。この一瞬に観ている私は「嗚咽モード」になるのだが、確認していただきたいのは、ここに至るまで映画は「涙を観客の涙腺からしぼり取る」ような感情的・催涙的表現は一切していないのである。

木下演出の掌中に

 
 ここから先はもう木下演出の掌中にすっぽりと収まることになる。
 松江は店の外へ出てくる。が、会話を交わす間もなく、女将(浪花千栄子、流暢な讃岐弁が憎らしい)が出てきて「どなたですか? 勝手に連れ出されたら困りますがな」と遮る。女将は訪問者が松江の恩師だと知ると途端に愛想良くなって店内に招き入れるが、何の気配りもせずに「松江、丼、あがってるで」と松江を仕事に追いやってしまう。取り残される大石先生。せっかく松江に巡り会えたのに満足に話をすることも出来ない。「今度の船でお帰りな?」という女将の言葉に急き立てられるようにして先生は腰を上げる。女将は「ご挨拶しなんせ」と松江に呼びかけるのだが、松江は応えない。「マッチャン元気でね、手紙頂戴ね、先生も書くから」と先生は言葉を重ねるが、松江はうつむいたままだ。それでも先生は精一杯松江に向かって微笑んでみせ「さようなら」の一言を残して店を出る。
 松江はしばらく突っ立っている。しかし堪らず勝手口から路地へ飛び出す。カメラは表通りへ急ぐ松江の後ろ姿を追う。その時、かっての同級生らしき子供の群れが「先生、先生、どこ行っとったん」と呼びかけながら表通りを通過する。それを見た松江はとっさに物陰に身を隠すのだ。
 もう〈嗚咽をこらえる〉どころではない。〈号泣〉である。ここで映画を観る〈ほとんどの私〉は、自分のかっての体験と、記憶の奥底に封じ込めた無念さに遭遇しているはずだ。別れは様々な様相を持つ。しっとりと濡れた余情に包み込まれた駅や港での別れ。卒業式とか送別の宴が催されたようなモニュメンタルな別れ。しかし、満足に話し合うことも出来なかった慌ただしい別れ、お互いの非を論うことに疲れた末の別れ、あるいは自分が存在していた〈群れ〉からの離脱を余儀なくされたような別れ、そのような悔恨の情に埋もれた別れこそ悲しい。
 この松江との再会のエピソードも原作を丁寧になぞったものである。しかし、大石先生が「天麩羅一丁」という声に反応する場面や、松江が路地に駆け出すシーケンスなどは木下脚本での創造である。いかがでしょうか、これが佐藤の言う「快いセンチメンタリズム」の中味である。原作をなぞった部分も、脚本で付加した部分にも、無闇に情感を煽り立てるような表現は一切含まれていない。それでいて「もっともたくさんの涙を観客の涙腺からしぼり取った」映画に仕上がっている。

 木下自身の発言を聞いてみよう。長らく彼の下で助監督を務めた横堀幸司は、木下の言葉を次の様に書き記している。
 「たとえば女優さんの泣き顔のアップを撮るときにねえ、真っ正面から涙顔を大写したってサ、どうしたってそれは女優が泣いている顔で、つまり嘘なんだよな。だったらいっそのこと、後ろ姿で撮っちゃったりしたほうが、ずっと観客の想像力を高めるんだ。」
                        (横堀幸司『木下惠介の遺言』朝日新聞社)
 観客における〈私の想像力〉に信頼を置いて、木下が映画を作っていることに感動させられる。この木下の言葉に付け加えるものは何もないが、一行だけ蛇足を付け加えておく。イデオロギー的表現と、露骨な感情表現や催涙的演出を意識的に排除することで、木下は「観客の想像力が高まる」ことを期待したのだ、と。

はたして、すべての人物が被害者一色に塗りつぶされているか?


 さて、この記事の標題にしたように、なぜ「大石先生はただ泣くだけ」なのか? という疑問に答えなければならない。実際この映画では、大石先生を始めとして登場人物は(特に女子生徒は)よく泣く。卒業生を送り出したあと大石先生は教職を辞するが、それから先生は(映画の残り45分の間)泣いてばかりいる。この「ただ泣くばかり」という印象が次のような批評を生むのかもしれない。
 「すべての人物が被害者一色に塗りつぶされてしまっている日本流反戦映画だ」
                        (大島渚『体験的戦後映像論』朝日新聞社)

 だが、果たしてそうだろうか。もう一度映画『二十四の瞳』を振り返ってみる。すると分かるのは、教師である間(映画の始めの1時間50分)大石先生はほとんど泣いていないのである。旧弊に捕らわれた村のなかへ、先生は「鳩の如く素直に」踏み込んでゆく。村人の反感を買ってもへこたれない。無垢を装い気丈夫に振る舞う。暗雲が垂れ込めるのは本校に移って後である。軍国主義への傾斜が急で、ごく当たり前の授業をしているつもりなのに、校長からは「あんた、アカじゃと言われとりますぞ」と恫喝を受ける。不景気が深刻化して生徒の家庭は崩壊してゆく。しかし、どうすることも出来ない。しかし彼女は泣いてはいない。
 先生が泣くのは、松江の母のお悔やみに行った時、松江が無理やり奉公に出されたことを聞かされた時、木下富士子が『將來への希望』という作文を、私には書けない、と言って泣いた時、この三回だけである。最初はお悔やみの場面であるし、次はその松江が無理やり大阪へ奉公に出されたと言うことを聞く場面。泣いて当然の場面である。しかし木下富士子の場合は少し論理的に検証する必要があるだろう。

なぜ「大石先生はただ泣くだけ」なのか? −−− 問題の核心へ


 綴り方の時間に泣き出してしまった木下富士子は、大石先生に連れられて廊下に出る。『將來への希望』を書けと言われても、私には書けないと、富士子は家庭の窮状を訴える。このあたり、録音が古くて(特に富士子の)台詞が明瞭に聞き取れないのが誠に辛いのだが、先生の台詞だけを拾い出すとこうなる。

 書けなくたっていいわ。書かなくても先生よく分かる、フジちゃんの辛いの。−−−
 もういいの、もう何も言わなくてもいい。−−−
 先生にもどうしていいか分からないけど、あんたが苦しんでるの、あんたのせいじゃないでしょう。お父さんやお母さんのせいでもないわ。世の中のいろんなことから、そうなったんでしょう。だからねっ、自分にがっかりしちゃだめ。自分だけはしっかりしていよう、と思わなきゃねっ。先生、無理なこと言っているようだけど、先生、もう他に言いようがないのよ。その代り泣きたい時はいつでも先生ところにいらっしゃい。先生も一緒に泣いたげる。ねっ。

 人によって受け取り方は様々であると思うし、自分の受け取り方が正しいと言い張るつもりもないのだが、正直に言えば、私はこの台詞が好きになれない。と言うより、何度この映画を観ても、この台詞になるとあまり熱心に聞いていない自分を発見する。松江の場合は、彼女の家庭での日常が緻密に描かれいるのに、富士子の家庭の窮状は、この場面に至るまで他の生徒からの証言があるだけで何も具体的に描かれていない。あるいは、先生のこの言葉は、理屈としては承伏しえても、心の琴線に触れるような〈映画の台詞〉として昇華しきれていないのではないか。ぼんやりとそう考えてしまう。しかし少し理詰めで読み解いていくと、この台詞が〈こうであらねばならぬ必然性〉が見えてくるように思える。

 綴り方の時間に大石先生は『將來への希望』という課題をだす。生徒たちが一心に筆を進めるなか、富士子だけが急に泣き出してしまう。これがこの場面の設定である。
 『將來への希望』 …… ですか、そう言えばこの私も何度かそのような作文を書かされた記憶がある。「綴り方」から「作文」へと課目の名前が変わっても、児童や生徒に提示される『課題』は変わらないものなのですね。でも、卒業を間近に控えた子供に「貴方の将来の希望は何か」とか「貴方は何になりたいか」と問うことは、時と場合によっては、極めて無慈悲な詰問となる。
 映画では子供たちはいとも簡単にスラスラと文章を綴っているようにみえる。だがそれまでに、親のエゴと自分のエゴとのぶつかり合いが幾度となくあり、何とか見出した葛藤の着地点を書いている。女子の多くがそうだ。男子はことごとく、兵隊さんになる、と書く。男子は極めて観念的な生き物であるから、親のエゴと言うより、直接的に国家的原理に屈服させられてきたのだ。親が経済的問題で困窮し、子供に自分たちのエゴさえ示すことが出来ない場合、大石先生の生真面目さをそのま踏襲しようとする子供は、何も書くことが出来ない。それで当たり前なのである。子供が他愛ない夢を膨らませてみても、その多様性を優しく包み込んでくれるような、穏やかな時代なら話は別なのだが。
 大石先生は、自分が富士子に何を強要していたのかをすぐに悟る。しかし彼女はイデオロギー的弁術で生徒を鼓舞するようなことはしない。また、その場しのぎの甘言でもって生徒にはかない幻想を抱かせることもしない。自分は「鳩の如く素直に」振る舞う事で、旧弊に捕らわれた親や同僚たちの反措定たり得たはずだった。しかし時代が悪くなり国家の壁にぶち当たると、何ら為す術が無いことを嫌と言うほど思い知らされた。そして今日『將來への希望』を書けと迫ることで、幼い富士子をも国家の壁の前へ引き立ててしまったのである。
 一体、大石先生はどうすればよいのだろう。彼女にどんな手段が残されているのだろう?
                                     (続く)


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−−【その2】了−− 
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