難波駅を出た電車がわずかに右にカーヴすると、つり革に掴まっていた男たちは一斉に右側の窓から外を見やった。
 ほんの一瞬、大阪球場のスコアボールドが見えるからだ。
 私の家は球場から1キロ以上も離れていたが、物干し場にあがると、観客のあげる歓声が風に乗って流れてきた。
 確かに昭和のある時代まで、私たちは「自分の五感で直接」社会の動きを感じとっていたのだ。                           































































































































『東芝 原子力敗戦』
(2017:大西康之 文藝春秋)






(今月の危険人物)
 今井尚哉

安倍第1次内閣(2006)
 内閣総理大臣秘書官
安倍第2次内閣(2012)
 内閣総理大臣秘書官
       (2019)9月
 首相補佐官を兼任


危険人物 ツーショット






懐かしや
東芝の「マツダランプ」



こんな看板が掛かっていた。



「マツダランプ」の「マツダ」とは
松田さんが考案したから、ではなく

ゾロアスター教の最高神
アフラ・マズダーから


アフラ・マズダーを
ドイツ語読みすると、
ツァラトゥストラ、となる。

『ツァラトゥストラはかく語りき』は
ニーチェの本だが、
リヒャルト・シュトラウスが
交響詩にして
超有名になる。
『2001年宇宙の旅』に使われたのは
カラヤン、ウィーン・フィルのもの





東芝は、
小売店のチェーン店化にも
熱心だった。

トーシバ、トーシバ、
リンク・ストアー。





電気炊飯器を開発したのも東芝






"Aurex"というブランドで
オーディオ機器も手がけていた。
私は1970年代の終わり頃
"Aurex"のプレーヤーを買った。
ダイレクト・ドライヴというヤツ。
いまだに現役である。



そのロゴの部分

この写真を撮るとき、
何故か涙が出た。
東芝の社員さんは、
もっと辛いだろう。





日米経済摩擦で、
ジャパン・バッシングが起こった。
叩き壊されているのは
東芝のラジカセ






東芝のワープロ『ルポ』

『ルポ』のフォントは、
横書きで読みよいよう
工夫されていた、と記憶する。





XP時代の
Dynabook






『東芝日曜劇場』は、
白黒の時代から。



カラーになりました。



もちろん
サザエさんも。






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"Who done it?" 誰が東芝を殺したか?
       ーーーー 関西電力 3.2億円収賄汚職 その4
                  (2019年 12月 26日)



"Who done it?"  誰が東芝を殺したか?


 先日、ある学習会に呼ばれて話をする機会があった。当世風に云えば「リベラル系」のサークルである。驚いたのは、頂いた会報には「NO.268」と記されていたこと。月1回の発行であったとすれば、単純に割り算して20年以上になる。「リベラル」などと云う奇妙な分類が成立するよりずっと以前から、綿々と続けられてきたサークルだったのである。
 さて、私が頂いたリクエストは、前々回の記事『〔疑惑のワルツ〕何故、今、関電?』について喋れ、というものであった。

 その『〔疑惑のワルツ〕 …… 』の趣旨は、
 9月中旬に入って、突然、『関電金銭授受問題』がマスコミを賑わすようになったが(『関電収賄汚職』とは絶対に言わない)、これは 10月4日の臨時国会招集を前にして、次の3点から、野党・マスコミの関心をそらすために、わざとこの時期にリークされたものである、というものであった。 その3点とは、
   1) フクシマの汚染水放出問題
   2) 消費税増税
   3) 対韓経済戦争の収拾工作

 話をするにあたって、私の抱いた疑惑が、単なる「思いつき・勘繰り」ではなく、「限りなく真実に近い疑惑であること」を理解してもらうには、もっと多くの「状況証拠」を開示しておくほうが良いだろう、と考えた。そこで、いくつかの追加資料を用意した。そのうち、特に『1)フクシマの汚染水放出問題』に関しては、新たに調べてみたこともあり、記憶が散逸する前に記事にしておくことにした。

 題して、"Who done it?"  誰が東芝を殺したか?

 ミステリー調のタイトルにした乗りで、何時ものような解説的な口調を封じ、「疑惑がいかに芽生え、どんな風に真実に迫ろうとしたのか」と云う「私立探偵、真相を明かす」風のスタイルで述べてみたい。と、格好の良いことを言ったけれど、上手くいくかどうか分からない …… 、


疑惑のきっかけ、なぜ京大? なぜ東大?


 『関西電力 3.2億円収賄汚職 その1』を書いたとき、最も多くの賄賂を受け取った人物は誰だったのか、を知りたくて、歴代の関電社長名を調べてみた。その時作った表を再掲する。



 この表を作った時、出身校に「京都大学」がズラリと並んでいることで、関電組織の学閥的体質に呆れ、続いて「森詳介」の名前を見つけ、この男が、2016年3月、大津地裁が高浜原発3・4号機運転差し止めの仮処分決定を出したとき、「(電力料金の)値下げができなくなったことが関西経済に与える影響は小さくないと考えており、一日も早く不当な決定を取り消していただかなければならない」などと述べていたことを思い出し、いまだに原発の発電コストは安いという神話を繰りかえしていること、さらに、テメェらが賄賂を取り込むからよけい電力料金が高くなるんだろう、と激怒して、関心がそっちの方に向いてしまった。
 しかし、この時、何やら心に引っ掛かるものがあったのである。
 少し冷静になって、されば東京電力の歴代社長らは、どんな人物か? と確認すれば良かったのだが。さて、東電の歴代社長である。



 データは、"Wikipedia" の『東京電力ホールディングス』から引いた。
 11代社長清水正孝の備考欄を見ていただきたい。「初の私大出身。東大出身者以外の社長は47年ぶり」とある。つまり、次の対照的関係がずっと続いていたわけである。

    関西電力;京都大学閥 ←→ 東京電力;東京大学閥 

 しかも、7代・8代・9代と続いて『東京大学・法学部』出身である。さらにこの表からはもれているが、その前、5代・6代社長も『東京帝國大学・法学部』出身であり、実に、「のべ5代・32年間にわたって、東京(帝國)大学法学部の出身者が東京電力社長の椅子を独占してきた」ことになる。
 もう、多言を要しないだろう。これだけ「東大法学部」が続けば、日本の中央権力・官僚機構の中枢と「太いパイプが出来ていた」ことは容易に想像できる。

 それにしても、11代の清水正孝以降、東大卒の社長が登場しなくなるのは何故だろう。2011年、フクシマ原発事故が発生した。「東大法学部卒」は、仕事は出来なくとも、こりゃ大変と逃げ足だけは速かった、ということなのだろうか。

 さらに、10代社長「勝俣恒久」の名を覚えておいていただきたい。後段の展開で登場してまいりますゆえ。


関電・東電、原発は誰が造った?


 歴代の社長を調べてみて、京大閥の関電より、東大閥の東電の方が、ずっと中央権力寄りであることが見えてきた。ならば、原発を造ったのはどこなのだろう、関電と東電では、何か特徴的な差があるのだろうか、と考えた。

 参考にさせていただいたのは、"NNAA(No Nukes Asia Actions)"のホームページ。
 そのサイトのデータから、関電の美浜・大飯・高浜の各原発、東電は福島第一、を選んで表にまとめるとこうなる。



 【参考】この表に出てくる、原発の機種とメーカーとの関係をまとめておく。



 一目して分かるのは、関西電力の原子炉はすべて三菱重工製であること。
 一方、東京電力フクシマ原発の原子炉は、4号機を除いて、すべて東芝製か、もしくは、東芝が建設・製造に関わった原子炉であること。

 表のメーカーの列で、受注メーカ名の右に「( )」で記されているのは、実質上( )のメーカーが下請けした、と言う関係。だから、福島第一原発2号機は、"GE"が契約上の元請けであるが、実際の原発製造は東芝が行った、と云うこと。
 福島第一原発1号機の場合、この表では表現していないが、GEが、炉本体・タービン・発電機を製造、それ以外は、東芝が原子炉圧力容器など、日立が原子炉格納容器など、鹿島建設が土木・建築を、それぞれ分担して下請けしている。下請け率は、諸説があるようだが、『原子力工業』(1968年5月号)によれば、約 80%であったと言う。つまり、福島第一原発も東芝が大いに関わってるのである。
 つまり、先に記した対照的関係に、さらに「製造メーカー」の一項目が加わることになる。

    関西電力;京都大学閥 三菱重工 ←→ 東京電力;東京大学閥 東芝 

 ここまで来ると、「原子力発電における、国の中央権力・東京電力・東芝との関係」を確かめてみろ、とささやく声が聞こえてくる。そう云えば、東芝は原発を事業の基軸にすえようとして失敗し経営危機に陥った、と云われていたではないか。実際はどうだったのか?

 私は近在の図書館に出かけてゆき、何冊かの東芝の原発事業に関する本を借りてきた。新聞記事を時系列で並べただけのような、隔靴掻痒の感があるもどかしい書籍が多かったが、その中で一冊、ドンピシャリ、見事に核心を暴いたものがあった。

 『東芝 原子力敗戦』(2017:大西康之 文藝春秋)である。

 この本が凄いのは、おそらく内部告発者の協力を得たからであろう、筆者が、東芝側の中心人物である、田窪昭寛(2006年当時、東芝電力システム社首席主監)のビジネス・ダイヤリーとメール・データを入手していることである。それにしても、自分が使用していたノートやPCデータをそのまま放置して退社してしまうなんて、この田窪という男、なんとけじめの付かない人間なんだろう。
 この大西康之さんの本(以下『 … 敗戦』と呼ぶ)に依存しながら、次の展開へと進もう。


2006年 経済産業省『原子力立国計画』


 2006年、経済産業省は『原子力立国計画』なるものを立案する。
 『原子力立国計画』とは、如何なるものであったか?
 以後14年が経過している。どれぐらいの資料が閲覧できる状態にあるのだろう?

 試みに「経済産業省 原子力立国計画」で検索してみる。すると、驚くべき数の文書・ PDFファイルがヒットする。出所は、『経済産業省・資源エネルギー庁』であったり、『内閣府原子力委員会』であったり、『原子力環境整備促進・資金管理センター』であったりする。

 例えば、『原子力立国計画 総合資源エネルギー調査会 電気事業分科会原子力部会 報告書 骨子 資源エネルギー庁 平成18年8月』という21ページの PDFファイルがある。 URLから察するに、これは『内閣府原子力委員会』のものである。「骨子」とあるから、内閣府で行われる会議のために、内閣府の事務方がせっせと「本体」からの要約を作った、その結果であろう。つまり、誰が出席者であったのかは知らないが、会議はこの文書を読み合わせて終わり、であったのだろう。この文書一本で、内閣府の仕事ぶりが透けて見える。この結果が閣議決定され「国策」となる。その「国策」で振り回されるのが「国民」なのだ。
 ところが、不思議なことに、トップ・ページから URLを頼りに丹念に階層をたどって行っても、このファイルには行き着けないのだ。おそらく、文書の保管と開示の期間が過ぎたので削除したのだろう。だが、親ページからのリンクを消しただけで、ファイルはサーバーに残したままなのだ! 情報を、隠蔽したいのか、開示したいのか、よく分からない。ここにも、行政府・諸官庁の仕事のいい加減さが透けて見える。

 『原子力立国計画』の「本体は」、『原子力環境整備促進・資金管理センター』のページにある、『総合資源エネルギー調査会 電気事業分科会 原子力部会 報告書 〜「原子力立国計画」〜 2006年8月8日』 という 178ページの PDFファイルであろう。これも検索でヒットしたもの。トップ・ページから行きつけるかどうかは分からない。試す意味もないだろう。
 その冒頭に『第1部 原子力政策立案に当たっての5つの基本方針』があるが、その『II.』にはこう書かれている。

 電気事業者メーカー間の建設的協力関係を深化。このため関係者間の真のコミュニケーションを実現し、ビジョンを共有。先ずは国が大きな方向性を示して最初の第一歩を踏み出す


『原子力立国計画』 首謀者は誰だ!


 これは、一般論ではなかった。
 『 … 敗戦』によれば、ハッキリと事業体と個人が確定できるのである。

(国)    経産省;今井尚哉 資源エネルギー庁(経産省の外局)資源・燃料部 政策課 課長
(電気事業者)東電 ;勝俣恒久 東京電力社長(兄)
(メーカー) 東芝 ;田窪昭寛 東芝電力システム社 首席主監
       丸紅 ;勝俣宣夫 丸紅社長   (弟)


 先の、東電歴代社長の表に名の出ていた勝俣恒久が、ここで登場してまいります。丸紅の勝俣宣夫とは兄弟である。また、多くの人は今井尚哉という名前にピンと来るはずである。そう、いつも安倍晋三君に影のように寄り添っている、あの今井である。
 ここで、今井尚哉の来歴をたどっておこう。『原子力立国計画』(第3次小泉内閣)当時は、資源エネルギー庁課長であったが、安倍第1次内閣が成立すると …… 、

  安倍第1次内閣(2006) 内閣総理大臣秘書官
  安倍第2次内閣(2012) 内閣総理大臣秘書官
         (2019) 9月、首相補佐官を兼任

 「一億総活躍社会」、「GDP六百兆円」、「出生率一・八達成」、アベノミクス「新三本の矢」、などのスローガン(と云うより、キャッチ・フレーズ、宣伝コピーだね、こりゃ)の考案者である。つまり、マーケッティング論信者の安倍君好み、と言うわけだ。
 『 … 敗戦』は、田窪昭寛が放置したビジネス・ダイヤリーとメール・データを元に、2006年当時、今井尚哉と田窪昭寛がいかに頻繁に会合を繰りかえしていたか、の確認から書き始められている。


『原子力立国計画』とは、いったい何だったのか ?


 『経済産業省・資源エネルギー庁』のホームページの、『平成20年度エネルギーに関する年次報告」(エネルギー白書2009)』には、次のような一節がある。

…… 「原子力政策大綱」の基本方針を実現するための以下の10項目からなる具体的方策を記した「原子力立国計画」をとりまとめ、原子力を推進する確固たる政策枠組みと具体的プランを明示しました。
 @電力自由化時代の原子力発電の新・増設、既設炉リプレース投資の実現 
◆◆
 A安全確保を大前提とした既設原子力発電所の適切な活用 
××
 B核燃料サイクルの着実な推進とサイクル関連産業の戦略的強化 
××
 Cウラン資源確保戦略 
◆◆
 D高速増殖炉サイクルの早期実用化 
××
 E技術・産業・人材の厚みの確保・発展 
××
 F我が国原子力産業の国際的展開支援 ◆◆
 G原子力発電拡大と核不拡散の両立に向けた国際的な枠組み作りへの×積極的関与 
◆◆
 H国と地域の信頼強化、きめの細かい広聴・広報 
××
 I放射性廃棄物対策の強化 
××

「原子力立国計画」は、2006年5月に経済産業省がとりまとめた「新・国家エネルギー戦略」の1つの柱として位置付けられているとともに、2007年3月に閣議決定された改訂エネルギー基本計画の主要部分の1つです。


 確認すべきは3点ある。

 第1、『原子力立国計画』は、第3次小泉内閣の時に産業経済省が立案し、第1次安倍内閣が閣議決定した、という事実。
 第2、10項目のうち6項目(××をつけた)は、ことごとく失敗・破綻している。そのことに対して、政府、なかんずく安倍晋三は、一度も反省・総括をしたことがない、という事実。
 第3、10項目のうち4項目(◆◆印をつけた)に対し猪突猛進したのが、前項であげた首謀者4人である。

 印の4項目を、言いかえると、
● 原発を海外に、特に発展途上国に売り込む。
● 発展途上国は、原発が出来ても運用技術を持たない、原料調達もできない、そもそも資金を持たない。だから、入り口から出口まで、一括・セットにして売り込む。
● 資金は日本側が提供し、原発運転開始の後、電力料から分割返済を受ける。
● 分担は、
   国          → 国策として全面支援
   原発メーカー(東芝) → 原発の建設
   電力会社(東電)   → 原発の運用
   商社(丸紅)     → ウラン・プルトニウムなどの資源調達。資金調達。


 以後の経過をみると、丸紅は、東芝の "WH" 買収にあたって共同出資するはずだったのに、直前になって撤退。東電は、さっぱり原発が出来上がらないから待機状態。ただ一人、東芝だけが「国策に則った事業」だからと、諸外国の原発・電力関連会社の買収に突っ走るのである。ここから東芝の転落が始まった。


時代遅れの『原子力立国計画』


 まったくの早回しであるが、年代別の「原発建設ムード」をふりかえっておこう。
〔1980年代〕
  1979 スリーマイル島原子力発電所事故
  1986 チェルノブイリ原子力発電所事故
  石油価格安定、 → だから、新規原発建設は低調だった。
〔1990年代〕
  アジア地域の急速な経済成長、エネルギー需要が増える。
  原油資源の供給は伸びない。
  地球温暖化、CO2などの温室効果ガス排出抑制、が叫ばれるようになる。
  → だから、発展途上国中心に新規原発建設が堅調となる。
〔2000年代〕
  2001 アメリカ同時多発テロ、原発の安全性への懸念が強まる。
  → だから、設計変更・建設延期が相次ぐ

 つまり、世紀が変わってからは、新規原発建設には逆風が吹いていた。
 2006年の時点になって『原子力立国計画』などと言いだすのは、10年遅れていた
わけである。


買収と売却 東芝解体


 2006年8月、『原子力立国計画』が閣議決定される。
 そのわずか2ヶ月後、東芝はアメリカの電力会社 "WH" (ウエスチングハウス)を買収する。6600億円を投じて。四度目の入札であったと言う。

 この買収には分からない部分が多い。東芝は、3度目の入札で3300億円(だったか?)程度で、落札したはずだったのに、再度の入札で買収金額は2倍に膨れあがった。当時、東芝の売上は約6兆円、当期利益は3000億円程度だったというから、儲けのまる2年分を投じたことになる。
  "WH" は、長らく原発の新規着工が途絶えていて、既存設備のメンテナンスでしのいでいる状態であった。新規受注した原発も、安全性見直しを迫られ、設計変更を繰りかえし、着工はズルズルと先に延ばされていた。かって、世界初の民生ラジオを発売し、エンパイア・ステート・ビルディングの高速エレベーターを造ったという老舗電気メーカー "WH" も、事業部の切り売りを繰りかえし、最後まで残っていた原発部門も買収され、二十世紀末には、もはやブランド(のれん)だけが残った状態、すでに死に体となっていた。

 そんな "WH" を、なぜ東芝は、「高値づかみ」までして手に入れようとしたのか?
 理由は、上で整理したように、東芝の持つ原発技術は、 "GE" 譲りの "BWR"「沸騰水型原子炉」であり、 "PWR"「加圧水型原子炉」の実績を持たなかった、という一点に尽きる。原子炉の熱を間接的に利用する "PWR"の方が「トラブル時の安全性が高いと云われていた」からである。これはあくまで「云われていた」だけのことであり、確かめようもないことである。おそらく、売り込み時に、「より安全性の高い "PWR"」をセールス・トークとして使いたいという思惑が勝ったのだろう。およそ、自社の技術力で勝負に出るのが本筋の、メーカーとは思えない発想ではないか。
 こんな「高値づかみ」にもかかわらず、当時の社長西田厚聰は、これで原発をバンバン売って大儲けだ、ワッハッハッハ、と驚喜していた、という。ちなみに西田も東大法学部大学院卒です。

 東芝は、この後、カザフスタンのウラン鉱山に2度出資。2011年にフクシマ原発事故を経験するも、この買収政策は改まらず、原子燃料・原発関連・電送関連の会社を、世界中から買いまくるのである。ざっと大口を数えてみると、2017年までに7件。丸紅が手をひいたので、もともとの計画では商社が引き受ける役目まで請け負った、という訳か。

 米国では、 "WH" が、受注済み原発の設計見直しでコストは膨張し工期は遅れ、請け負ったゼネコンから訴訟を起こされる始末。それを東芝は、訴訟相手のゼネコンを買収することで事態の収拾を図る。もう無茶苦茶、まさに、太平洋戦争後半の日本軍を彷彿させるが、これを支えたのは「原子力立国計画という国策」という根拠のない自負心だったのだろう。

 こんな風に10年以上、新規原発事業は一銭の金も稼げず、尻ぬぐい的出費ばかりが増えていく。粉飾決算で一時はごまかせても、キャッシュ・フローは待ってくれない。“虎の子”を売却することで、東芝は経営的危機を乗り切ろうとする。

 2016年 6月:『ライフスタイル事業部』を美的集団(中国)へ売却 537億 
 2016年12月:『東芝メディカル』をキャノンへ売却 6655億 

 しかるに、2017年 3月: "WH" は破産してしまう。東芝本体の損失は1兆円を上回るといわれた。こうなれば“超・虎の子”を売り飛ばして切り抜けるしかなかった。今が盛りの「NAND型フラッシュメモリー」を、である。

 2018年 6月:『東芝メモリー』を日米韓企業連合(アメリカの投資ファンド)へ売却 2兆円 

 注意すべきは、2018年 4月に、イギリスの原発会社に追加出資して、100%の子会社としていることである。一体誰が、経営判断をしていたのだろう。


この話、「落ち」はどうなる?


 日本市場にはまだ「東芝ブランド」の製品がたくさん流通している。しかし、それらは「東芝」というブランド名が使われているだけのことで、すでに「東芝」の製品ではないのだ。
 
 "Who done it?" 誰が東芝を殺したか?
 もう、ハッキリしましたね。
 
 では、殺した奴らは、今、どうしている?

 東芝の田窪昭寛は、2015年、原子燃料工業の社長におさまった。
 東電の勝俣恒久は、2011年、日本原子力発電株式会社取締役におさまった。

 きっちりと「原子力村」で横移動しているではないか。もっとも、二人とも今は退職しているようだが、相談役とか顧問とかいう形で、「原子力村」のどこかに潜んでいるのかもしれない。いずれにせよ「上級国民」としての余生を満喫しているに相違ない。

 そして、資源エネルギー庁の今井尚哉は、周知のとおり、一貫して安倍晋三の秘書官であり、さる9月からは、首相補佐官も兼任している。安倍君は、今井が上手く国民を騙す手法に満足しているのだろうが、それより前に自分自身が騙されていることには、とんと気付かないようだ。



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