難波駅を出た電車がわずかに右にカーヴすると、つり革に掴まっていた男たちは一斉に右側の窓から外を見やった。
 ほんの一瞬、大阪球場のスコアボールドが見えるからだ。
 私の家は球場から1キロ以上も離れていたが、物干し場にあがると、観客のあげる歓声が風に乗って流れてきた。
 確かに昭和のある時代まで、私たちは「自分の五感で直接」社会の動きを感じとっていたのだ。                           









『キャピタリズム
   〜 マネーは踊る 〜 』


ムーア監督が映画の主題に選ぶのはシリアスな社会問題ばかりである。だが、どの作品でも、ムーア監督の手法は一貫している。批判する対象を巨大化させたり概念化させたりして、それを解説したり論破しようとはしない。具体的な一個人に向かって、一般人としての素朴な(ただし無遠慮な)質問をぶつけていき、相手の答をそのまま編集しコメディのシークエンスにして視聴者に差し出す。対象としているテーマがシリアスであればあるほど、コメディ風の浮遊力を与えないと、表現は行き場を失い、袋小路に迷い込んでしまう。その手法がここでもうまく奏功している。
この映画の日本語吹き替え版が、"You Tube" にアップされている。本文で引用した少し前から観ていただくと、流れがよく理解していただけるだろう。(1:02:30~)あたりから。


その部分を、紙芝居風に再現しておく、


いま精鋭たちの頭脳はどの分野で使われているのだろう?


若くて優秀な科学者や数学者はどこへ?


科学の研究には進まずウォール街へ行く。


昔とちがい今の学生たちは、


10万ドル以上の学生ローンをかかえて卒業する。


卒業後も20年間もローンを払い続けることになる。


速く返済を終えるにはウォール街で働くのがベスト。


大学を出た精鋭が行く先は生産性を破壊する分野だ。


ハーバード大卒のような精鋭たちはどんな仕事を?


デリバティブ、


デリバティブ、


デリバティブ、


デリバティブ、


デリバティブ、


クレジット・デフォルト・スワップ、


全然意味が分からないよ!


そうだね。じゃ、NY証券取引所で聞いてみよう?


デリバティブってなんですか?


CDSって、何ですか?


誰も教えてくれません。

この後、本文に引用した部分に続く














『マネー・ショート
   華麗なる大逆転』


洋画には、内容にそぐわない邦題が付けられる場合が多いが、これは特に酷いなあ。
「マネー・ショート」なんて言えば、「企業の資金繰り」しか連想できない。それも最悪の場合の。

金融取引の用語で、担保を用意して取引をする場合、

short → 売り
long → 買い


と言うんだそうである。




もう一点、この男たちはぼろ儲けしてウハウハ喜んだのではありません。
金融市場で儲けるとは、その裏で大損したり破産したりする人たちがいる。
この三組の人たちは、苦渋の決断をして金融危機を乗り越えたのである。「華麗なる」なんて要素はどこにもないのです。











次に、突然登場して、耳慣れない言葉の説明をしてくれる人たち。


Margot Robbie
サブプライム・ローンの説明をしてくれる。

"The Wolf of Wall Street" で、ヤバイ金融屋デカプリオの妻の役を演じていました。その役柄を、みずからパロディにしているわけです。


Anthony Bourdain
"CDO"の説明をしてくれる。
古い食材でも、混ぜくって煮込めば立派なメニュー。

料理人として成功した人。一流レストランの内幕暴露本なんかも書いている。残念ながら亡くなられている。合掌。


Selena Gomez
投資家たちの "CDO" 評価の根拠を暴いてみせる。集団的妄想ですね。
アメリカの歌姫。女優としてもキャリアを積んでいます。天が時々誤って、二物も三物も与えてしまった人。












     ページの上段へ

再・再逮捕! デリバティブ? 追加担保?
        『カルロス・ゴーン vs 東京地検』 その6
                   (2020年03月30日)



ゴーン氏「再・再逮捕」を『朝日新聞 DIGITAL』で読む


 それでは、2018年12月21日ゴーン氏「再・再逮捕」の記事を読んでみよう。今回も引用するのは『朝日新聞 DIGITAL』。ここで断っておくが、私は特段に『朝日新聞 DIGITAL』を毛嫌いしている訳ではない。それどころか逆に感謝しているぐらいだ。いや、皮肉ではなくて。
 日付と件名で検索すれば、ヒットするのはたいてい『朝日新聞 DIGITAL』の記事である。古い記事を削除せずに、そのままきちんと残してくれている。時系列を追って順次読むことができる。他の新聞社の場合、なかなかこういう訳にはいかない。ネット検索による情報入手が一般的になった今日、これも重要なジャーナリズムの使命だと思う。


『朝日新聞 DIGITAL』(2018年12月21日 12時56分)
〔見出し〕ゴーン前会長を特別背任容疑で再逮捕 東京地検特捜部
〔リード〕
 東京地検特捜部は21日、日産自動車の前会長カルロス・ゴーン容疑者(64)が、私的な損失を日産に付け替えて損害を与えたなどとして、ゴーン前会長を会社法違反(特別背任)の疑いで再逮捕した。特捜部は認否を明らかにしていない。
 ゴーン前会長は、有価証券報告書に計約91億円の役員報酬を過少記載したとして金融商品取引法違反の疑いで2回逮捕されている。これで3回目の逮捕となり、身柄の拘束はさらに長期化する見通しとなった。
〔本文〕

A) 特捜部によると、ゴーン前会長は、自分の資産管理会社と銀行の間で通貨のデリバティブ(金融派生商品)取引を契約していたが、多額の損失が発生。このため2008年10月、契約の権利を資産管理会社から日産に移し、約18億5千万円の評価損を負担する義務を日産に負わせた疑いがある。
 この権利はその後、再び前会長の資産管理会社に戻された。ゴーン前会長は、その際に信用保証に尽力した関係者が経営する会社に対し、09年6月~12年3月の4回、日産の子会社から計1470万ドル(現在のレートで約16億3千万円)を入金させた疑いがある。
 ゴーン前会長は当時、代表取締役兼最高経営責任者(CEO)で、特捜部は一連の行為は、自己の利益を図る目的で任務に背き、日産に財産上の損害を与えたと認定した。特別背任罪の時効は7年だが、海外にいる期間は時効が停止されるため、成立していない。

B) 複数の関係者によると、ゴーン前会長の資産管理会社は、08年秋のリーマン・ショックによる急激な円高で多額の損失を抱えた。銀行側は前会長に追加担保を求めたが、前会長は損失を含む全ての権利を日産に移すことを提案し、日産に損失を肩代わりさせたという。当時、証券取引等監視委員会もこの取引を把握し、特別背任などにあたる可能性があると銀行側に指摘していた。


C) この問題は朝日新聞が11月27日付朝刊で報道。関係者によると、前会長は報道について「当局の指摘を受け、付け替えは実行していない。日産に損害は与えていない」と説明していた。
 特捜部は11月19日、10~14年度の5年分の報酬をめぐる過少記載容疑でゴーン前会長らを逮捕した。12月10日、この5年分を起訴し、15~17年度の3年分の過少記載容疑で再逮捕した。東京地裁は20日、再逮捕容疑に対する検察側の勾留延長請求を却下。決定を不服とした検察側の準抗告も棄却したため、早期保釈の観測も出ていた。
 日産はゴーン前会長の3回目の逮捕について、「事実関係を確認中。司法の問題なので、コメントする立場にない」としている。

  https://www.asahi.com/articles/ASLDP3H8HLDPUTIL00G.html



 冒頭で褒めておいて、急に貶すのは心苦しいが、この記事は最悪ですね。
 何度読み返してみても、何が書かれてあるのかサッパリ分からない。
 東京地検の記者会見が記事の基になっているのだが、記者会見における広報担当の説明そのものが不可解だったのか、記者の要約が下手なのか、おそらくその両方なのだろう。もし、広報担当の説明に問題があるのなら、記者会見の場なのだから、きちんと問いただすのがジャーナリストの仕事だろうに。だが、この記者はよく分からないまま記事を書いている。

 この記事のたった1ヶ月前、ゴーン氏機上逮捕の際には、地検から情報のリークを受けて、記者は奇妙なほど勢い込んだ記事を書いていた。地検との一体感、連帯意識まで感じられるものだった。
 それが一転して、今回は、ぶっきらぼうで筋の通らない説明を聴かされている。そろそろ相手の「心変わり」に気付いても良い頃ではないのか。いつまで「良い子」のふりをしているのだ。


なぜこの記事は分かりにくいのか


 まぁ、ぼやいても仕方が無い。記事が読み解けないのだから、「記事の分かりにくさ」を読み解いてみよう。とりあえず、本文を、A)B)C)、に区分してみる。

A); 東京地検での記者会見で、地検の広報担当者が述べたことを要約した部分。調べてみたらこの報告者は、前々回(その4)の「今回の危険人物」に登場した、東京地検 次席検事 久木元伸(くきもと・しん)であった。“Not again.” また、お前かよ。
B); 記者会見の報告と質疑応答だけでは理解しがたいので、「複数の関係者」から聞きだした情報で補填している部分。ちっとも分かりやすくなっていないけれど。
C); 今までに、朝日が報道してきた経過のまとめ。

 記事から読みとれるのは、今回の容疑は二件あるということ。

第1の容疑;
 ゴーン氏個人の契約したデリバティブで発生した損失を、日産に負担させた。
第2の容疑
 デリバティブをゴーン氏個人に戻した際、信用保証した海外企業に、日産から賄賂を送金させた。


 このうち「第2の容疑」に関しては、広報担当の説明を要約しているだけだが、「第1の容疑」に関してだけ、記者は「B)」で追加説明している。

 そこで、「第1の容疑」内容について、
A);記者会見で久木元伸はどう説明したのか。
B);複数の関係者から聞きだした情報で、どのように補足説明しているか、を比較してみる。

A);東京地検 次席検事 久木元伸が記者会見で述べた内容
契約の権利を資産管理会社から日産に移し、約18億5千万円の評価損を負担する義務を日産に負わせた

B);複数の関係者から得た情報による補足
銀行側は前会長に追加担保を求めたが、前会長は損失を含む全ての権利を日産に移すことを提案し、日産に損失を肩代わりさせた

 A)だけでは分からないから、B)を補足した、という理屈の組み立てになっているはずなのに、残念ながら、表現が違うだけで骨子の論旨は同じことの繰り返しである。
 しかし、)には「銀行側は前会長に追加担保を求めた」という新たな情報が加わっている

 補足説明をうけても分からないままなのに、読み手には、さらに「新たな分からないこと」が加わることになる。

 エッ、エッ !?
    「追加担保」って、どういうことなの? 
    「追加担保」と「損失の肩代わり」とは、一体どういう関係になるの?
 
 記事は、「追加担保」の意味をまったく説明しないまま、次に進む。この「答の文脈に、新たな疑問を提示」して、聞き手を煙に巻く論法は、ペテン師の使う古典的弁論術である。昨今は、さっぱり流行らないけどね。


"Derivative" その辞書的意味から確認してみる


 朝日の記者は分からないまま記事を書いている。でも、朝日の記者を、君は不勉強だと責めることはできない。私だってよく分からない。貴方だってよく分からないでしょう。いや、そもそも、その筋の専門家だってよく分かっていないはずなのだ。
 今の場合、いったい何が分かりにくいのだろう? 分かりにくさの中核は何だろう?
 これはハッキリしてますよね。「金融派生商品」(デリバティブ)という言葉だ。
 この「金融派生商品」(デリバティブ)ほど、理解しがたい概念はない。
 般若心経の「色即是空」だって、ヘーゲルの「絶対精神」だって、もうちょっと分かりやすい。

 この概念の出自はアメリカである。それらが日本語に訳された。急がば回れ、だ。その言葉の辞書的意味から確認していこう。
 "Derivative"「金融派生商品」と訳された。同様にその小項目たちは、
 "CDO"(Collateralized Debt Obligation)「債務担保証券」と、
 "ABS"(Asset-Backed Securities)「資産担保証券」と、
 "MBS"(Mortgage-Backed Securities)「不動産担保証券」と、直訳され、そのまま日本の金融業界で使用されている。だが、
 "CDS"(Credit Default Swap) は、翻訳不可能のようで、"CDS" のまま使われている。

 では、日本語への翻訳の問題なのだろうか? あるいは、日本語に翻訳できないものもあるから問題なのだろうか? 米国人なら、我々が「花見」といえば「桜」と認識するように、これらの言葉の内実を理解しているのだろうか?
 いや、本家でも、そうではないらしい。


専門家も説明できない "Derivative"


 マイケル・ムーア監督(Michael Francis Moore;1954~)に、『キャピタリズム 〜 マネーは踊る 〜 』(2009;Capitalism: A Love Story)という作品がある。公開年度から分かる通り、この映画の制作中にあの「リーマンショック・金融恐慌」が起こった。過去の出来事を掘り起こすドキュメンタリーではない。いま、まさに進行している渦中で、金融問題が採り上げられた映画なのだ。

 この映画の中ほどで、監督が専門家二人に「デリバティブとは何ですか?」と問いただすシーンがある。
 一人は、ウォール街で金融派生商品を開発している張本人。もう一人は、ハーバード大学の経済学部教授。さぞかし正確な解説をしてくれるだろう。だが、二人とも、答えている途中でしどろもどろになってしまう。日本語版の吹き替えをそのまま文字に起こしてみる。

 まずは、ウォール街の現役バリバリ男の答え。

 デリバティブとはいわゆる金融派生商品だ。例えば君が株を持っていて、その株にはオプションがある。その株のオプションとはつまり、売買の義務ではなく、選択できる権利で …… 。こう言った方が良いかな。つまり君は究極的にリスクを負うか、選ぶ権利を持っている。要するに、デリバティブの価値は、他の価値と連動しているから、二次方程式のようなものなんだ。例えば、その …… 、えーっ …… 、あーっ …… 。もう一度最初から説明した方が良いかな? あぁ、そうしよう。

 次に、ハーバード大教授の答え

 あの …… 、その …… 、 …… 、買い手、 …… いや、売り手に返済不能なローンがあったとして、えー …… 、それ売るとすると、 …… 誰か他の者が …… して …… 。すまないが上手く説明できない。いや、本当に申し訳ない、複雑怪奇なシステムなんだ。



 この2名がとりわけ口べたであった、とは思えない。このやり取りが如実に示しているのは、次の事実である。

 一般的な定義では「デリバティブ」は上手く説明できないし理解もできない。
 「デリバティブ」を一般的に定義しても無意味である。

 では、どうすればよいのか?
 「デリバティブ」という言葉自体を、もう少し慎重に眺めてみよう。


「様々な形態に派生された」の意味


 英和辞典には "derivative" は「名詞;〔……からの〕派生物」とある。だから金融用語として「金融派生商品」と訳されている。少し言葉を足せば「もともと存在していた金融債権から、様々な形態に派生されて新たに作られた金融商品」となる。
 この「様々な形態に派生された」というのがポイントなのだ。

 市場に存在する「デリバティブ」は、多様な存在形態に特殊化されて存在している。この個々の金融商品の特殊性を具体的に詳述しなければ、「デリバティブ」は理解できない。そうでないならば、昨晩は何を食べましたか? ハイ、夕食を食べました、という問答と同じになる。
 しかもその派生化は一世代で終わらない。ある "CDO"は、別の "CDO"とシャッフル(そう、あのトランプを切る・繰る、のシャッフルである)されて、第二世代の "CDO"が作られる。しかもその各々に様々な「オプション」を付けることができる。そのオプションもまた商品化され市場で売買される。この無限の繰り返し。しかも、常に、キャッシュと債権、債権と債権が、等価交換されるわけではない。多くは「空売り」、スワップ契約で取引が行われ、契約が物神化して当事者間を縛り付けている。だから、取引されているデリバティブの金額は、合計すると、元のサブプライム・ローン債権の実質総額の数倍にも膨れあがる。笠置シズ子の『買い物ブギー』ではないが、何を買うやら、何処で買うやら、これがゴッチャニなりまして …… 、これが「デリバティブ」の世界である。全体像を把握している者は一人もいないし、このシステム全体が崩壊に向かっても、誰も責任をとらない。

 新自由主義とか、規制緩和とか言われて久しいが、金融の自由化とは、誰でも(最低限の資格が要るにせよ)自由に新たな金融商品を作って自由に売買できる、というのがその正体である。誰でも金貸しになれる、といったレベルの話ではなかったのだ。


"Derivative"は、 個々の具体性に踏み込んで、初めて理解できる。


 その格好の実例をリアルに見せてくれる映画がある。
 映画の題名は『マネー・ショート 華麗なる大逆転』(2015 "The Big Short" - Adam McKay)。

 2008年のリーマン・ショックで、一般とは逆に、大儲けした人たちを描いた映画である。実話が元になっている。作り話ではない。私は、この映画を観て、初めて、「デリバティブ」と呼ばれているものが、あぁ、成る程ね、と実感できた。専門家やら有識者やらの解説なんざぁ、糞食らえだ。

 三組の金融屋たちがいる。職種は、個人の投資家、機関投資家、ヘッジファンド、銀行家、など様々。それぞれ別グループであり、最後までお互いの交流は無い。この三組の男たちは、サブプライム・ローンからの金融派生商品で金融バブル真っ盛りの中、つまり2008年の数年前に、サブプライム・ローンの破綻を予見する。では彼らは、資金を、サブプライム・ローン派生の金融商品から引き揚げ、それとは無縁の金融商品に投資したのか? No, である。彼らは、まさにその、サブプライム・ローン派生の金融商品に、集中的に投資したのだ。エッ、それって、どう言うこと?

 最初に仕掛けるのは、マイケル(クリスチャン・ベール)。常軌を逸する金融商品価格分析オタクとでも形容しようか、彼のしていることはディスプレイの数値を眺め、市場変動を分析することだけ。そこから彼は一つの確信を抱く。
 彼は大手の金融機関(ゴールドマン・サックスだったか?)に出かけて行き、サブプライム・ローンが破綻しその金融派生商品が値崩れした時に、その損害が補償されるという "CDS"(Credit Default Swap)を提案する。サブプライム・ローン派生の "MBS"は、当時格付け会社がこぞって 「AAA」を付けていたから、"GS"の担当者たちは「この男アホとちゃうか」という顔をするが、内心はウハウハでこの提案に飛びつく。手数料ぼろ儲け! マイケルは(映画では繰り返し描かれることはないが)他の金融屋にも同じ "CDS"を作らせ、自社が破産するほどの資金をつぎ込む。
 ある偶然からマイケルの分析資料が他の二組に流れる。ジャレット(ライアン・ゴズリング) → マーク(スティーヴ・カレル)と、金融屋になりたいと渇望している若者2人 → ベン(ブラッド・ピット)の二組である。こちらの方は、実際に調査したり、長年の経験からマイケルの分析の的確さを見抜き、その "CDS"の買いに回る。(自分たちでも "CDS"を作ったかもしれないが、私にはよく分からない)
 そして2008年、サブプライム・ローンの破綻が表面化する。三組の保持する "CDS"は、サブプライム・ローン派生の "MBS"や "CDO"の破綻に対して保険として働くから、買いが殺到。価格が急騰する。

 この映画、一度観ただけでは、何のことやらサッパリ分からない。映画の途中で、登場人物がこちらに向かって、いま俺たちがやっているのはこういうことさ、と解説してくれる。さらに、映画の本筋とは無関係に、バスタブに浸かった美女やら、調理場の一流シェフやら、カジノでブラック・ジャックに興じる女性などが、急に出現して(これがまた、有名人ばかり)、「サブプライム・ローン」とか、「 "CDO"」とか、「"MBS"に対する格付け会社の役割」などの解説をしてくれる。この説明はとてもよく分かる。しかしそれでも、映画全体はなかなか理解できない。
 私は、少しばかり金融法品用語の勉強をしてから、もう一度最初から見直した。それで何とか理解できたように思えた。

 しかし、身にしみて理解できたと実感できることがある。
 それが先ほど述べた2行である。再記しておこう。

 一般的な定義では「デリバティブ」は上手く説明できないし理解もできない。
 「デリバティブ」を一般的に定義しても無意味である。

 対偶関係で、言いかえれば、
 「デリバティブ」は、その個々の具体性に踏み込んで、初めて理解できる。

 と、ここまで確認して、『朝日 DIGITAL』の記事にもどろう。


朝日の記者は、どこで間違えたか?


 朝日の記者は分からないまま記事を書いた。
 理解できなかったことに記者の責任はない。何故なら、地検の広報担当久木元伸は、ゴーン氏が銀行と交わしたデリバティブに関し、具体的なことは何も述べなかったのだから。
 だから(朝日以外の記事を調べて分かったのだが)、12月21日の記者会見では、第二の容疑内容も含めて、多くの記者から質問が噴出したとのことである。
 だが、ここでも、東京地検の態度は一貫していた。証拠内容は一切開示しない質問にも答えないそれじゃ、江戸の高札(こうさつ)と何ら変わるところがないではないか。次々と発せられる記者たちからの質問に、東京地検 次席検事 久木元伸は、平然とこう言い放った。

  捜査の内容に関わることなのでコメントできない。

 これは、おかしいだろう。
 人を逮捕しておいて、具体的な逮捕理由は述べられない、と言っているわけである。
 これは基本的人権の無視である。と同時に、マスコミ(つまり国民の代表としてそこにいるわけだ)の「知る権利」を蹂躙している。マスコミ人としての存在理由を無視されて、大手新聞社の記者たちは腹も立たぬのだろうか?

 再度言う。久木元伸の報告が理解できなかったことに関しては、朝日の記者に罪は無い。
 だが、久木元が、明らかに容疑者の基本的人権と国民の知る権利を蹂躙する行為に出たのなら、その行為こそ記事にすべきであろう。

 しかるに、朝日の記者は、記者会見の雰囲気はかなり険悪なものになったはずなのに、それにも触れず、記者たちは十分に納得し、淡々と記者会見が進んだような記事を書いた。
 それは、ごまかしである。
 『朝日 DIGITAL』記事の判りにくさの根本原因はここにある。
 その非論理性の結果、「カルロス・ゴーンという個人名」と「デリバティブ」という言葉だけが、キー・ワードとして機能して、「上級国民が、その強欲さで、持てる物をさらに増やそうとしてしくじった、という話」として、下々の一般人はこの記事を読み解く。
 つまり、この記事は「フェイク・ニュース」に堕ちてしまっている


 どうやら私たちは、自力で「デリバティブ」の具体性を獲得し、「ゴーン氏再・再逮捕の実像」に迫らなければならないようだ。でも、貴方、そんな気力あります?


  --【その6】了--  



   
     
 『カルロス・ゴーン vs 東京地検』 Topへ