難波駅を出た電車がわずかに右にカーヴすると、つり革に掴まっていた男たちは一斉に右側の窓から外を見やった。
 ほんの一瞬、大阪球場のスコアボールドが見えるからだ。
 私の家は球場から1キロ以上も離れていたが、物干し場にあがると、観客のあげる歓声が風に乗って流れてきた。
 確かに昭和のある時代まで、私たちは「自分の五感で直接」社会の動きを感じとっていたのだ。                           








ネットで「オリンピック跡地」と画像検索すると、荒廃しきった競技場や周辺設備の写真が次々と出てきます。ほとんどすべてのオリンピックで、同じことが起こっているようです。無理に無理を重ねて設備を造ったものの、事後はメンテも出来ず、活用もされていない。これが実際の姿なのだ。

各サイトの写真は使い回しが多いので、最近(2018.08.17) CNNのサイトにアップされたものを、引用させていただきます。写真家のグレッグ・ベイカー氏が撮影したもの。各写真の解説も、そのまま拝借しました。お許しを。
サイズを小さくしたら、ちょっとわかりにくくなったので、出来れば元のサイトで見てあげてね。




草木の生い茂るかつての競技施設に放置されたマスコット2体




多くの競技施設は現在使用されることなく放置されている




草に覆われたビーチバレーボールの競技場




打ち捨てられたマスコット




緑にびっしり囲まれた自転車レースのゴール




すっかり錆びついてしまったボート競技のロゴマーク




ビーチバレーボール競技場の選手用のシート




板張りの部分は腐食が進んでいる




自転車レースのゴールラインのあたりで野菜を育てる人々




BMX競技の会場。コースが草で覆われている




完成することのなかったショッピングセンターの裏に転がるマスコット




パラリンピックのロゴが描かれたマスコット




ビーチバレーボールの会場に設置された冷却ファンの台座部分




マスコットのラベルが貼られた冷却ファンはもはや使われることがない




ビーチバレーボールの競技場




打ち捨てられた北京五輪のマスコット




会場の多くは当時、五輪のために新たに建設された




会場の建設用地を確保するために住民を移転させ、以前からあった建物をブルドーザーで破壊する手法が批判を浴びた




大会後は使われることなく水が抜かれたカヤックのコース




施設の一部は22年開催の冬季五輪で再利用される見通しだ




冬季五輪に向けた新たなマスコットの公募も始まっている




夏季五輪の夢の跡は、当分現状のまま放置されるとみられる







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五輪担当者は、なぜ、平気でウソがつけるのか?
  −−− オリンピックなんか、 止めてしまえ。 その2
                  (平成30年 9月21日)



糾すべきは、オリンピックを開催することの「悪の総体」


 オリンピックの喧噪が静まると、不気味な静寂のなかから経済停滞という魔物が姿を現す。これは現代史における経験知的法則である。乱痴気騒ぎの後、二日酔いの頭痛のなかに目覚めると、クラクラする眼の前に置かれているのは勘定書き。反吐と化した過度の飲食や、酔いの勢いで壊してしまった什器備品・建具の修復代も含めて、その請求金額は非情なまでに膨れあがっている。有史以来、ダメ男たちはこんな愚行を飽きることなく繰り返してきた。それを今度は、天下国家レベルで再現する、というのである。

 誤解のないように駄目を押しておくのであるが、私は、ただ単に、国家や行政が無駄遣いをするからダメだ、と言っているのではない。いや、「無駄遣いはダメ」に決まっているのであって、「それだけの金が使えるのなら、保育所がいくつ建つと思っているのか!」という万年野党・戦後リベラルの紋切り型口上は、何時の時代でも絶対的に正しい。だが、絶対的正義は現実に対して絶対的に無力であって、その常套句は、何十回繰り返しても、舞い上がった為政者たちを「改心」させることにはならないのである。
 糾さねばならぬのは、いま、あえて、オリンピックを開催することの、悪の総体」である

 政治的無策の代替として五輪誘致のラッパを吹く政治家たち。次から次へと実務能力の決定的喪失をさらけ出す官僚・行政。それらを批判することより、目標は金メダル、と語る幼きアスリートたちの露出のほうが、視聴率を稼げると割り切ったマス・メディア。この三位一体は見事に結合して、大衆を無知蒙昧の暗霧のなかに追いやる。聞こえてくるのは、一時の陶酔のため魂を売り渡せ、という悪魔の囁きである。大衆は、生活の不安についてはさておいて、次第に金メダルの期待がかかる青少年たちの名前を共有するようになる。嗚呼、またしても、日本的横並びの再現 …… 。2020東京五輪は、日本の文化的水準がここまで落ちたのか! を実感させてくれる。


二つの切り口


 「悪の総体を糺す」などと大きく出たが、もともと私には全く興味の持てない事柄。いまさら事実探索をする気もないのであるが、前回の記事にもその端緒が数多く出ていた。とりあえず、2カ所だけ確認しておこう。

 その一つは、《五輪関係者は平気で嘘をつく》こと、である。

 2012年の日経新聞の記事で、東京都の招致計画担当者はこう言っていた。それは「本当にそう信じているかのような」口調であった。

 応対してくれた招致計画担当課長、Kさんは「財政悪化を不安に思う人も多いようですが、既存施設を改装して使うなど工夫します」と強調する。選手村は都の土地に民間が造り、終了後は住宅に改装して売却する。運営費はチケット収入や国際オリンピック委員会の予算などで賄い、税金は使わないそうだ。

 行政の「招致計画担当者」なら少しは五輪の歴史的事実について調べてみろ、と言いたいのだが、彼の言うような「古典的オリンピック観」で五輪が実施されたのは、1976年モントリオールが最後である。モントリオールの計画は「資金を他に頼らない。カナダの納税者に負担をかけず、いかなる特別補助も受けない」と謳い、当初 1億2500万ドルの予算でスタートしたのだが、費用はズルズルと増大し、結局は15億ドルにまで膨張した。これが、そっくり赤字として残ったのである。その返済には30年の時間がかかり、世紀の変わった2006年にやっと完了する。これ、すべて、カナダ国民の税金で支払ったのですよ。これに懲りた IOC、は、西側諸国がボイコットした1980年モスクワをはさんで、1984年ロスアンジェルスから、完全に「商業主義」に転換する。【註1】
 オリンピックの本質が変貌を遂げてから30年以上たつのに、この担当者だけではなく、政治家も行政もマスコミも、依然として、この「古典的オリンピック観」に浸っていたことは、去年からの騒動を見れば明らかである。つまり「分かっていて、確信犯的に嘘をついている」のではなく、「単なる無知、単なる不勉強」から、嘘をついていることに気づかずにいるのだ。
 【註1】ジュールズ・ボイコフ『オリンピック秘史  128年の覇権と利権』(早川書房)p.149〜

 二つ目は、《現代における選手の育成が、『オリンピック憲章』の掲げる理念から大きく逸脱してしまっている》こと、である。

 『オリンピック憲章』は、前文の後『オリンピズムの根本原則』を説くことから始まる。その最初の一行は、「オリンピズムは肉体と意志と精神のすべての資質を高め、バランスよく結合させる生き方の哲学である」という一文である。【註2】
 【註2】https://www.joc.or.jp/olympism/charter/pdf/olympiccharter2014.pdf

 だが、水泳の山中毅さんが、すでにこう指摘していた。

 今は厳しく管理されてサイボーグ化してきて、選手の個性がないと思う

 もう一度、山中毅さんの談話を読み返していただきたい。彼は「家業」と言うより「地域全体の生業」である漁師・海女の子供として育ったのである。水泳ではなく、相撲大会で優勝してノートや鉛筆をもらった。コーチに教わったのは大学に入ってから。引用部分にはないが、当時日本には室内プールなどなかったのである。そんな山中さんから見れば、今の選手育成は「厳しく管理されてサイボーグ化」しているのである。テレビが嬉々として放映している「金メダルを目指す少年・少女たち」の日常を観ると、私も同様に感じる。国家のエゴを、我が子に押しつけていることに、親たちは全く気づいていないようだ。
 

夏の暑さで慌てだしたラッパ吹きたち


 《五輪関係者は平気で嘘をつく》について、もう少し詳しく見てゆこう。

 『ランナー・観客も守る遮熱舗装 東京五輪へ整備に本腰
  東京江東区 観客動線4キロで/港区 新国立競技場周辺道路で』


 こんな見出しの記事が載ったのは、2017年 3月14日の『日本経済新聞』朝刊であった。【註3】 今読み返してみると、脳天気な技術神話信仰そのものの記事で、お任せください、これで真夏のオリンピックも大丈夫です、という雰囲気をまき散らしている。この『遮熱舗装』は、読売も、サンケイもお気に入りのようで、たびたび記事にしている。三遊亭楽太郎(現 六代目 圓楽)に似ていることで記憶されている往年のマラソン選手Sが試走して、「明らかに涼しく、足の裏が熱くならなかった。選手にも優しい感じがした」などと、期待された通りの模範感想を述べていた。笑わせるじゃないの、仮に(あくまで、仮に、だよ)、路面の温度が若干低下したところで、その数センチ上の大気の温度には何の変化も起こらないだろう。現場に放射され蓄積される総熱量は不変のはずじゃないか。「孤立系のエネルギーの総量は変化しない」(熱力学第一法則)、を思い出せ。
 【註3】https://style.nikkei.com/article/DGXLZO12854680T10C17A2L72001

 ところが、この夏の厳しい暑さを経験して、これらの脳天気なラッパ吹きたちも、急に不安に駆られだしたようである。マラソン競技の開始時間を早めろ、だとか、打ち水をせよ、だとか、夏時間(サマータイム)を採用したらどうか、だとか、思いつきを言いまくっている。
 直近、 9月18日の『読売オンライン』にも、こんな記事が出ている。【註4】
 【註4】https://www.yomiuri.co.jp/olympic/2020/20180918-OYT1T50018.html 

 2020年東京五輪・パラリンピックで、暑さの影響が大きいマラソンの競技時間を巡る議論が収まらない。大会組織委員会は当初予定よりも30分早め、午前7時スタートとしたが、今夏の猛暑を受け、さらなる前倒しを求める声や、サマータイムの導入、夜開催の提案まで飛び出している。組織委は競技時間のさらなる見直しを迫られている。

 ◆さらに前倒しか / 五輪の競技日程は、組織委が7月18日、国際オリンピック委員会(IOC)理事会に提案、承認された。マラソンは女子が8月2日、男子は同9日で、暑さを考慮して、五輪招致段階では午前7時半としていた開始時間を同7時に前倒しした。
 組織委幹部によると、「7時でも暑い」との意見も出たが、選手側から「スタートの3時間前には起床する。早過ぎると体調管理が難しい」との意見があり、7時に落ち着いたという。
 しかし、今夏の猛暑で都内では7月23日に初めて最高気温が40度を超えた。同日、マラソンが行われる都心部は 39.0度。午前7時の段階ですでに 31.3度だった。想定を上回る暑さに、競技連盟幹部は「もっと早い時間のスタートが望ましい」と明かし、選手側も組織委側に同様の意見を伝えているという。

 ◆夜開催は難しく / こうした状況を受け、組織委の森喜朗会長は7月、夏の間だけ時計の針を1〜2時間進めるサマータイムの導入を安倍首相に要望した。しかし、サマータイムを実施すると、午前の競技は比較的涼しい時間帯に移るが、夕方以降の試合もあるサッカーやラグビーなどは、むしろ暑い時間帯になるケースも出てくる。
 競技日時は各競技団体や外国も含めたテレビの放映時間、交通機関の運行状況など、様々な条件を踏まえて決めており、大会関係者は「サマータイムの導入で、全競技の開始時間を一律に前倒しすることが可能なのか」と疑問を呈する。
 また、森会長は11日、「全国知事会議で、『夜にやったらどうか』という意見もあった」と発言。ただし、競技関係者によると、日中や朝のレースに慣れている選手にとって、夜開催はコンディションの調整が難しいという。


 引用する値打ちもないが、長々とコピーしたのは、五輪推進のラッパ吹きたちが、何の思考能力も持ち合わせておらず、会議を開いても、思いつきを放言しあうだけであることが、手に取るように分かるからである。議題があって、会議全体の権威と責任でもって結論が出されるから、会議なのである。町内会のゴミ当番を決める会合でも、このルールーはきちんと守られているだろう。ところが、五輪推進のラッパ吹きたちの場合は、困った、困った、の座談会である。最も低俗な、ツイッターか、2ちゃんねるのスレッドへの書き込みのレベルである。


大ウソをついた罰が …… 、


 なぜ、今頃になって、慌てふためくのか?
 昔風に言えば、「大嘘をついたから、罰が当たった」のである。

 『公益財団法人東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会』とは、「寿限無、寿限無、 …… 」の出だしか? と見紛うほど大げさな法人名であるが、そのホームページは、さらに、びっくりするほど大げさである。大阪人なら必ず、「うゎー、立派でんなぁ。立派、立派、立派すぎて、何処さんのページかさっぱり分かれへん。いったい、誰が読みはんねやろ。そやけど、高こぅつきましたやろな、金かかってまっせ、これ …… 」と感想をもらすに相違ない。
 その立派なページを、「ホーム」→「大会について」→「大会計画」と、たどっていくと、ページの下の方で『立候補ファイル第1巻』という PDF文書がダウンロード出来る。【註5】【註6】
 【註5】https://tokyo2020.org/jp/
 【註6】https://tokyo2020.org/jp/games/plan/data/candidate-entire-1-JP.pdf

 2011年 9月 1日、 IOCは2020年夏期オリンピックへの立候補を締め切り、翌日、バクー、ドーハ、イスタンブール、マドリード、ローマ、東京の6都市からの立候補申請を受理したと発表した。その時提出されていたのがこの文書なのだろう。
 立候補文書の提出は 7月29日まで、とされていたらしい。日付に注意していただきたい、東日本大震災直後のことなんですね。大混乱の最中じゃなかったか。その時、立候補を見送るという選択肢は、一切検討されなかったのだろうか? 尋常の神経の持ち主なら、誰かが、「この際見送ってはどうだろう」と言い出すはずである。

 さて、その『立候補ファイル第1巻』であるが、東京のイメージ写真やら、「東京都知事」猪瀬直樹・「公益財団法人日本オリンピック委員会会長」竹田恆和のご尊顔やらがダラダラと続くのだが、本文に入ってすぐ、次のような文章がある。書面をそのまま切り取ってみた。オレンジで下線を引いた部分に注意して、読んでみてください。



 この時期の天候は晴れる日が多く、且つ温暖であるため、アスリートが最高の状態でパフォーマンスを発揮できる理想的な気候である。 …… 、なんて書いてあります! 真っ赤な嘘ですね

 おそらく、対立候補の、特にドーハ(カタール)を意識しての文章と想像するのだが、東京の夏が「温暖で、アスリートが最高の状態でパフォーマンスを発揮できる理想的な気候」だなんて、我々の日常的経験・実感と、あまりにもかけ離れた表現である。

 いや、他の東南アジアの国々と比較しての話ですよ、と言い逃れを用意しているかもしれない。確かに東京は東南アジアの国々より高緯度にあるから、年間の平均気温はずっと低いだろうが、日本が盛夏となる8月の時点では、熱帯・亜熱帯の国々と大差ないはずである。私自身の経験で言っても、出張とか観光で、8月の香港・広州、沖縄、等へ行った経験があるが、むしろ帰国後の近畿の方が蒸し暑かった。

 データで確かめてみよう。海外旅行情報サイトの "Travelers Cafe World Gallery" に『アジアの気候 一覧表』という便利な表が載っている。【註7】 その中から、東アジア・東南アジア主要都市の「8月の平均最高気温」をピック・アップしてみた。緯度の高さで並べれば、北京、ソウル、東京、台北、香港、の順に並ぶのだろうが、「8月の平均最高気温」はそれに比例しない。8月の東京は頭抜けて暑く、この表で見る限り、東京より暑いのはバンコクだけである。
 【註7】http://www.travelerscafe.jpn.org/temperature.html

  日本     東京       31度
  韓国     ソウル      29度
  台湾     台北       29度
  中国     北京       29度
  中国     香港       29度
  フィリピン  マニラ      28度
  タイ     バンコク     33度
  シンガポール シンガポール   29度
  ネパール   カトマンズ    28度
  ベトナム   ホーチミン    28度
  カンボジア  ブノンペン    29度
  マレーシア  クアラルンプール 27度
  インドネシア (バリ島)    30度
  ラオス    ルアンパバーン  31度

 つまり『立候補ファイル第1巻』のこの部分は、緯度の差による年間平均気温のイメージでミスリードさせたフェイク文書である、と言われても仕方がないだろう。


 だが、どうして《五輪関係者は平気で嘘をつく》のだろう?
 これだけではない。安倍晋三自らが、何度も、もっと酷い嘘をついている。

 なぜ、嘘をついても平気なのだろう?
 なぜ、嘘だと指摘されても平気でいられるのだろう?

 ここには、もっと、もっと、考えるべき、問題が潜んでいる。

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 −−【その2】了−− 

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