難波駅を出た電車がわずかに右にカーヴすると、つり革に掴まっていた男たちは一斉に右側の窓から外を見やった。
ほんの一瞬、大阪球場のスコアボールドが見えるからだ。
私の家は球場から1キロ以上も離れていたが、物干し場にあがると、観客のあげる歓声が風に乗って流れてきた。
確かに昭和のある時代まで、私たちは「自分の五感で直接」社会の動きを感じとっていたのだ。
その名もずばり『推定無罪』という映画がある。
"Presumed Innocent"
(Alan J. Pakula;1990)
地方検事補のラスティ(ハリソン・フォード)は、同僚の女性検事補殺しの容疑で逮捕される。決定的な物的証拠とされたのが、現場に残されたタンブラーに彼の指紋があったこと。最終的には、このタンブラーが保管場所から消失してしまったことから、検察側は彼の有罪を立証できない。裁判は、裁判長がラスティに無罪を言い渡すのではなく、検察側に起訴という法的行為そのもを差し戻すことで終わる。推定無罪の解説書のような映画である。
この映画では、主役のハリソン・フォードはまったく活躍することがない。終止受け身のままでいる。つまり被告の立場がそのまま表現されているのだ。その代わり、周りの登場人物が動き回る。中でも、弁護士役のラウル・ジュリアがとても良い。
プルトリコ出身、コテコテの"ヒスパニック顔"のラウル・ジュリアと、コテコテの"WASP顔"のハリソン・フォードの対比が効いている。
この"ヒスパニック顔"と"WASP顔"の対比は、同じラウル・ジュリアが出演した、その5年前の『蜘蛛女のキス』を思い起こさせる。
"Kiss of the Spider Woman"
(Hector Babenco;1985)
ここでは"WASP顔"の相手役は、ウィリアム・ハート。この映画、ブエノスアイレスの監獄の一室で、"政治犯のヒスパニック顔"と"トランスジェンダーのWASP顔"が延々と会話を続ける、というだけの映画。
題名から、何だカルトムービーか、などと早合点してはならない。俳優の演技が(映画が、と言いかえても良い)何をどこまで表現できるか、の到達点を示してくれる映画である。超おすすめ。
Raul Julia
William Hurt
『推定無罪』の3年後、ハリソン・フォードは『逃亡者』に主演する。
無実の罪で容疑者となる、という設定が同じだが、今度は、医師リチャード・キンブルとして逃げまくる。
『逃亡者』
The Fugitive
(Andrew Davis;1993)
この映画も相手役が良い。ジェラード警部を演ずるトミー・リー・ジョーンズ。たびたび、もう一息、というところまでキンブルを追い詰めるのだが、最後でスルリと逃げられてしまう。そのたびに地団駄踏んで悔しがるのがコミカル。
このコミカルなシーンの繰り返しが観客のジェラード警部の人格を知らしめ、結末における両者の和解がすんなり納得できる仕掛けになっている。
まこと、映画とは上手く作られているのだ。
この映画の成功で、役者歴の長かったトミー・リー・ジョーンズは、一気に主役格に躍り出た。
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演出された「極悪人逮捕ショー」
『カルロス・ゴーン vs 東京地検』 その2
(2020年02月03日)
2018/11/19 ゴーン氏逮捕、第一報から読み直してみよう。
前回から「日産 = ゴーン事件」について書き始めたわけだが、正直いって、私はこれまでこの問題に、何の関心も持っていなかった。
一昨年秋、ゴーン氏が逮捕された時も、ニッサンはちゃぶ台返し的クーデターでしかトップ交代のできない会社なのだな、また同じことをしているな、と一瞬思っただけである。同じように感じた人は私だけではなかったようで、例えば窪田順正さんというノンフィクション・ライターは、ゴーン氏逮捕の三日後に『ゴーン追放も納得! 謀略とリークの「日産クーデター史」』という文章を書いている。この記事は今でも "DIAMOND online" で読むことができる。今、自動車を買い換えようかと考えておられる人なら、一読してみるのも良いだろう。ニッサン車など誰が買うものか、という気分になって、選択肢が一つ減り、機種選定作業が楽になること請負である。
https://diamond.jp/articles/-/186136
昨年末、ゴーン氏がレバノンに逃亡しても、彼が、1月8日に一切合切ぶちまけるぞ、と気焔を上げても、私の無関心は変わらなかった。だから、彼の会見のニュース報道も見ていない。
だが、森まさこ法相の発言で、私の気持ちは変わった。
「身の潔白を主張するのであれば、堂々と証拠を出して、具体的に立証活動をするべきである。」
これは、ゴーン氏の指摘する「日本司法制度の北朝鮮並みの水準」を実証するような、いわばオウン・ゴール的発言なのだが、それにも増して、ゴーン氏が逃亡という手段をとったことに対する、道義的(?)批判ばかりが湧いて出て、「それじゃ、一体、ゴーン氏はどのような容疑で逮捕・拘留され、裁判にかけられようとしているのか」とう云う、刑事事件における核心がまったく議論されない点に不安を感じたからである。
そこで、ゴーン氏逮捕の第一報から順を追って、彼がどのような容疑で、逮捕、再逮捕を繰りかえされたのかを確かめてみた。
確かめて、ビックリ。
逮捕の第一報から、ムラムラと疑惑が湧き上がってくる。ゴーン氏に対してではなく。検察と報道のやり口に対してである。
疑惑だらけの『朝日』第一報
2018年11月19日、東京地検特捜部は、プライベート機で帰国したゴーン氏を逮捕した。その時の記事は、今でも『朝日新聞DIGITAL』で読むことができる。長くなるが、読むことのできる記事の全てをコピーする。
1) 東京地検特捜部の発表した容疑内容は何か、
2) それに朝日の記者がどのようなデータを付け加えて記事にしているか、
の2点を区分して読んでいただきたい。
https://www.asahi.com/articles/ASLCM6QGWLCMUTIL04G.html
『朝日新聞DIGITAL』2018年11月19日 20時15分
〔見出し〕ゴーン容疑者ら2人逮捕 報酬を50億円過少申告の疑い
〔リード〕日産自動車(本社・横浜市)の代表取締役会長カルロス・ゴーン容疑者(64)が、自らの報酬を約50億円少なく有価証券報告書に記載した疑いがあるとして、東京地検特捜部は19日、金融商品取引法違反(有価証券報告書の虚偽記載)の疑いで、ゴーン会長と同社代表取締役グレッグ・ケリー容疑者(62)を逮捕し、発表した。特捜部は認否を明らかにしていない。特捜部は同日夕、日産の本社など関係先を捜索した。押収した資料などの解析を進める。
〔本文〕1) 特捜部の発表によると、ゴーン会長とケリー代表取締役の2人は共謀のうえ、2010〜2014年度の5年度分の有価証券報告書に、実際はゴーン会長の報酬が計約99億9800万円だったにもかかわらず、計約49億8700万円と過少に記載した疑いがある。
…… …… …… …… …… …… …… …… …… …… …… …… …… …… ……
2) 同社の有価証券報告書によると、逮捕容疑の対象となった10年度のゴーン会長の報酬額は9億8200万円だった。同様に、11年度は9億8700万円、12年度は9億8800万円、13年度は9億9500万円、14年度は10億3500万円とそれぞれ記載されている。
その後、15年度は10億7100万円、16年度は10億9800万円と記され、17年度は7億3500万円で4年ぶりに10億円を下回った。17年4月に社長兼最高経営責任者(CEO)を退いて会長のみにとどまったため、大きく報酬が減った。
ゴーン会長は、経営危機に陥った日産にルノーから派遣され、1999年に最高執行責任者(COO)、2000年に社長に就任。01年6月から社長兼CEOとなり、日産の再建を進めた。05年にはルノー社長にも就いた。16年には、燃費不正問題の発覚をきっかけとした三菱自動車との提携を主導し、16年12月に三菱自会長にも就任した。
金融商品取引法は、有価証券報告書の重要事項について、うその記載をした場合に刑事罰を科している。法定刑は10年以下の懲役か1千万円以下の罰金だ。業務に関する違反行為に対して法人も罰する両罰規定が適用されれば、法人にも7億円以下の罰金が科される。
まず驚かされるのは、東京地検特捜部発表の「異常なまでの短さ」と「分かりにくさ」である。
〔本文〕の途中を破線で区切っておいたが、その上の部分、私が「1)」と番号を挿入した段落のみが東京地検特捜部発表だと思われる。文字にして 100字あまり。
これだけでは記事にならないと判断したのであろう、水平線から下の部分、私が「2)」と番号を挿入した個所より下を朝日の記者が書き足して、記事らしく仕立て上げている。しかし、記者による付け足しは、何らかの "取材" によるものではない。素人がネット検索して得られるレベルの内容である。
記事は短くても良い。ただし、伝えるべき内容を的確に伝えているならば。
だが、この三行ばかりの文章を何度読み返しても、それに朝日の記者の蛇足的補填をつけ加えても、私にはその意味が飲み込めない。
だってそうでしょう、「報酬が計約99億9800万円だったにもかかわらず、計約49億8700万円と過少に記載した」のなら、普通なら「所得の過少申告による脱税疑惑」だとか「正規の会計処理には計上されない裏報酬受領疑惑」が容疑となるはずである。何故、ここで「有価証券報告書の虚偽記載」などと云う、持って回ったような罪状名が出てくるのか。
自分の不見識であってはならないので調べてみたが、やはりそうだ。「有価証券報告書の虚偽記載」で摘発された事例としては、カネボウ・ライブドア・日興コーディアル証券・IHI・オリンパス・東芝、などの場合があるが、その何れもが「利益水増しや損失隠しなどを行って企業の業績を実態より良く見せようとした粉飾決算」が問題とされたのである。役員報酬の過少申告とか所得隠しが「有価証券報告書の虚偽記載」として扱われた例は、今までに無いのである。
そもそも「有価証券報告書」とは、株主(今では、投資家あるいは持ち株会社と言いかえた方が良いかもしれない)に対して、「コーポレート・ガバナンス」(=
会社の所有者である株主の利益を最大限に実現できているかどうかを管理監督するシステム)の目的のために株主総会に提出される書類である。だから「有価証券報告書」を、ゴーン氏の所得隠し(もしあったとして)の容疑を証拠立てするために使うのは、「別の目的のために作成された文書を強引に利用せざるを得なかった」という印象を受ける。例えて言うなら、昔(今でもそうか?)、駅や銭湯の掲示板に、凶悪犯罪指名手配者の顔写真が掲げてあったが、直近の写真が入手できなくて、昔の集合写真から当人の顔だけを切り抜いて代用している、あのまどろっこしい感じとよく似ている。
『有価証券報告書』、とは何か。
『有価証券報告書』は、上場企業レベルの会社なら、たいていの場合そのHPで閲覧が可能である。ちょっと確かめてみよう。
日産のHPを〔TOP > 投資家の皆さまへ > IRライブラリー > 有価証券報告書〕とたどってゆけば、『有価証券報告書』 PDFファイルへのリンクが貼ってある。試みに2010年度をのぞいてみたら、確かに『朝日』が伝えるとおり「カルロス ゴーン 総報酬 982(百万円) 金銭報酬 982(百万円)」という記載がある(p.50)。(朝日の記者も、そしておそらく東京地検特捜部の捜査員も同じことをしたのかな、と思うと、笑えてくる)
意外に感じたのは、「報酬の全額がすべて現金で支払われている」ことである。ぼんやりと記事を読んで受けた印象から、私は(私だけが勝手にそう思い込んだのかもしれないが)、「役員報酬には、日産本体か関連会社かは分からないが、その株式が含まれていて、新株発行だとか、譲渡だとか、評価額だとかをめぐって操作が行われた」ことに嫌疑がかけられたのではないか、と勝手に想像していたのだが、違うのである。報酬は全額キャッシュだったのだ。
ここから最初の疑惑(ゴーン氏に対して、ではなく、東京地検特捜部に対する)が湧き上がってくる。想像していただきたい、社長が金庫番を兼ねているような個人経営の会社ならともかく、上場会社、それも、日本屈指の大企業において、「会長と代表取締役の2人が共謀して『有価証券報告書』の数値をいじる」なんてことがありうるのだろうか? 役員報酬額の決定も、支払いの実行も、しかるべき取締役会の決議や決済ルールに則って実行されているはずである。しかもそれが全額現金で支払われている。株価の評価などと云う、「判断」が入り込む余地の無い財務諸表上の数値である。
『有価証券報告書』の取り扱いだってそうだ。夜中に誰かがパソコンをチョコチョコいじってデータを改竄する、なんてできっこないのだ。にも関わらず『有価証券報告書』に虚偽の内容が記されていたとするなら、それは「会長と代表取締役の共謀」でなしうるような犯罪ではなく、日産という会社全体がしでかした企業犯罪になるはずである。
地検は確たる証拠を持っていたのか?
ちょっと思い当たる節があったので調べてみた。『有価証券報告書』に役員報酬の記載が義務づけられたのは、何時からのことか? 『企業内容等の開示に関する内閣府令等の一部を改正する内閣府令』が出されたのは、2010年3月のこと。これにより、2010年3月期より、『有価証券報告書』には、報酬総額が1億円以上の役員の氏名とその総額が記載されるようになった。
やっぱりね、「2010年3月期から」なんですよ。先ほどの東京地検特捜部発表を再度見ていただきたい。ゴーン氏の「2010年度からの報酬に対して」容疑がかけられている! これ、偶然の一致でしょうか? 私は先ほど、(朝日の記者も、そしておそらく東京地検特捜部の捜査員も同じことをしたのかな、と思うと、笑えてくる)と書いたけれど、もう笑ってはおられない。冗談ぬきで、こう言いかえなければならない。
東京地検特捜部は、『有価証券報告書』以外に、ゴーン氏の有罪を立証する証拠をもっていたのだろうか? と。
犯罪者が検挙されるのは、「身内・親近者による内通」による場合が多い、と聞く。捜査陣は、彼ら彼女らのもたらす「証言」から、確たる「証拠」に至りつくのである。映画やドラマであるように、希少な数点の手がかりから、真犯人に到達する可能性は極めて少ないらしい。
同様に、企業犯罪が露呈する場合は、必ずと言ってよいだろうが「内部通報者」が存在する。前回テーマにした東芝の場合でも、内部事情の詳細を克明に記した匿名の文書が、各所に送付されていた。捜査陣ではないが、『東芝 原子力敗戦』を書いた大西康之さんは、当事者のビジネス・ダイヤリーから、メールの送受信記録まで入手していた。
だが、今回の日産の場合、出所の分からないデマやたれ込みは多数あったに相違なかろうが、確たる証拠とともに内部告発した人物はいなかったのではないか、と思える。だから、地検特捜部の発表は、著しく具体性を欠いたものにならざるを得なかった。
『朝日』は、ゴーン氏逮捕の瞬間を動画で放映した
さらに驚かされることに『朝日新聞DIGITAL』は、ゴーン氏逮捕の瞬間を動画で放映している。前掲の記事がアップされて、わずか22分後である。このニュース映像は是非見ておいていただきたい。
https://www.asahi.com/articles/ASLCM6H22LCMUHBI01F.html?iref=pc_extlink
『朝日新聞DIGITAL』2018年11月19日 20時37分
〔見出し〕羽田に降り立ったゴーン容疑者を… 捜査は一気に動いた
飛行機が静止する。エンジン部分に記された "NISSAN" のロゴ。タラップを上ってゆく捜査員。窓越しに何かのやり取りが見え、二重のブラインドが下ろされる。6名の捜査員がステップを降りてくる。7人目が機内で進路を譲る姿があり、この後ゴーン氏が降りてくるのだと分かる。ここで映像は終わる。
『朝日』に問いただしたい。「拘束されたゴーン氏の姿さえ映っていなければ、何を放映しても良い」と判断したのだろうか。
同じページに静止画が三葉掲載されている。そのうちの1枚は、タラップを降りて、停めてあるハコバンに乗り込む背広の男たちの姿である。その写真にはこう但し書きが添えられている。もう、笑うしかないのであるが
…… 、
カルロス・ゴーン会長が乗っていたとみられる飛行機(奥)。19日夕、羽田空港に到着した(手前の飛行機の機体番号にぼかしを入れています)=2018年11月19日午後7時46分、諫山卓弥撮影
「推定無罪」(Presumption of innocence)という概念がある。
本来の意味は、前回【安倍晋三以下全閣僚が、「法治国家とは何か」を理解していない】の項で述べた通りである。繰りかえしておく。
「推定無罪」とは、刑事裁判における立証責任の所在を明確化する概念である。
検察官が被告人の有罪を証明しない限り、被告人に無罪判決が下される、つまり、
被告人は自らの無実を証明する責任を負担しない。(刑事訴訟法336条など)
「推定無罪」はまた、「有罪判決が確定するまでは、何人も犯罪者として取り扱われない」という近代法における、基本的人権擁護の概念でもある。
念のため調べてみたら、プライベート機の機上でゴーン氏は逮捕されたのではなかった。まだ「任意同行」の段階だった。政府・閣僚と「リベラル系メディア」の『朝日』が、「推定無罪」の掟破りゴッゴを競っている、という図である。
「推定無罪」どころの話ではない。
検察はずっと以前から、NHKや朝日にゴーン逮捕の情報をリークしていた。
NHKも朝日も、喜んでこれに飛びついて「極悪人逮捕ショー」を演出したのである。
だが、驚くのはまだ早い。
続報を読めば、ビックリ仰天の連続となる。
−−【その2】了−−